最後に紅茶を。 | ナノ
狂いっぱなしのストーリー


幸村さんと付き合うことになった。次の日、午前の講義が終わってから桃春にそう告げると、桃春は「うん知ってる」と頷いた。どうやら既に幸村さんに聞いていたらしい。情報が回るのは早いものだな、なんて他人事のように思っていたら、桃春は急に真剣な顔つきになって私を見据えた。

「ねえ愛。一応確認したいんだけど、幸村さんと付き合うってことはさ、「周助さん」にはもう未練がないっていうの信じても良いんだよね?」
「……うん。前からそう言ってるじゃない」

頭の片隅に過ぎった人を無理やり消し去って、私は笑顔を貼り付ける。すると桃春は「良かった、ずっと心配してたんだよ。これで愛も幸せになれるね」なんて優しく笑った。罪悪感に押しつぶされそうになる。私はきっと、誰よりも何よりも自分が大切なんだ。周りの人を傷つけることが分かっていて嘘を吐いているのだ。こんな最低な私なんて、いっそ突き放してくれれば良いのに。桃春はいつも私のことを考えてくれているのに、私は何一つ返せていない。

「あ、あそこにいるの幸村さんじゃない?」

桃春が指をさした方を見ると、そこには男子生徒と話をしている幸村さんの姿があった。幸村さんは此方に気がつくと、周りに気づかれないように小さく手を振った。生徒と講師という関係上、周りの目を気にしているのだろう。桃春に「ほら愛っ!」と言われ私も小さく振り返した。それを見た幸村さんは自分のスマホを取り出し、操作し始める。暫くすると私のスマホが振動し、ディスプレイには「新着メール一件 幸村精市」の文字が表示された。昨日アドレスを交換したばかりなので、これが初めてのメールだ。興味津々な桃春を避けてメールを開く。

今日は午後の講義ないよね?奢るからお昼一緒に食べよう。12時に地下駐車場待ち合わせね。

さっきまで幸村さんが居た方を見るけど、彼の姿はそこにはもうない。断る理由もなかったので「了解です」とだけ打ち込んでメールを送信した。時計を見るともう11時50分。すぐに向かわないと間に合わないな、と思い桃春に断りを入れて外へと歩き始めた。

「早かったね」

やはり大学は高校に比べ遥かに広い。歩き始めて丁度10分、ようやく地下駐車場に辿り着いた。そこには既に幸村さんの姿があって、周りに見られてはまずいのですぐに車に乗り込む。

「断られるかなって思ってたよ」

「………」

何も言えなかった。この人を安心させるには「そんなことない」って言えば良いだけ。だけど、これ以上嘘を重ねるのはしんどかった。はぐらかすように「何処のお店行くんですか?」と尋ねると、幸村さんは「女の子が好きそうなカフェレストラン」と答えた。なんか、幸村さんそうゆうの詳しそう。そのまま車で一時間くらい走って、着いたのは本当に女の子が好きそうなお洒落なカフェだった。センス良いなあ、なんて思いながら木製のドアを引く。

「いらっしゃいませー」

店員の間延びした声が聞こえて、そのままテーブルに案内される。お昼時ということもあってまあまあ店内は混み合っていた。

「良かった、すぐ座れて。普段はもっと混んでいるからね」
「あ、やっぱりそうなんですか」

メニューを取り出すだけの何気ない仕草なのにこの人はどうしてこんなに絵になるんだろう。また周りの視線を集めている。気にしないっていうのも無理な話で、一緒にいるのが少し恥ずかしくなってくるほどだ。

「俺ナポリタンにしようかな」
「ナポリタンですか?くすっ」
「……何で笑うんだい?」
「いや、何か可愛いなあーって」

馬鹿にしないでくれるかな、なんて少し膨れながら言った幸村さんが余計おかしかった。純粋に楽しい。あれ、意外と普通に幸村さんと話せてる。そしてこの人と話すのは、周助さんを思っていた頃のように苦しくはないのだ。このまま流れに身を任せるのも悪くないのかもしれない。あとのことは目の前にいるこの人がなんとかしてくれる。そんな考えは狡いのかもしれないけど、幸村さんを好きになれれば、誰にも心配かけたり傷つけたりしないで済む。それに、この人と居るのが最初ほど嫌じゃないのだ。これほど楽だと思える恋愛をしたことがあっただろうか。周助さんを思っていた頃にはなかったこの感じは、「愛するより愛されるほうが楽」、まさにそれなのかもしれない。

「愛は何食べる?」

どき、と心臓が鳴った。幸村さんに名前で呼ばれるのは初めてで、変に意識してしまいそうになったから。そんなのでいちいち反応していたら格好悪いと思い平然を装って「オムライス」と答えた。

「ふふっ」
「なんで笑うんですかっ」
「いや、今声上擦ってたからさ。名前呼ばれて意識しちゃったんだ」
「う、うるさいですよ」

多分、私の顔は赤くなってる。何でこんなにどきどきしているんだろう。

「ごめんごめん。本当、そうゆうとこ可愛い」

愛おしげに目を細めて幸村さんは私の頭を撫でた。やめてよ、本当に調子狂う。幸村さんは何でそんなに私を思ってくれるのだろう。その優しさに甘えても良いんですか?貴方ならあの人を忘れさせてくれる?
私は自分が傷つかない方を選んだ。「愛する」より、「愛される」方を。

「幸村さん、好きです」

私がそう言った瞬間だった。 入店者を知らせる為に店のドアにつけられたベルが鳴る。そして聞こえてきたのは、何度も忘れようとしたのに忘れられなかった人の声。こんなタイミングで周助さんの声の幻聴まで聞くなんて、私はどれだけ未練がましいのだろう。小さく息を吐いた、その時だった。

「手塚、あそこの席空いてるよ」
「ああ、じゃあそこにしよう」


嘘だ。嘘だ。嘘だ。そんな偶然、あってたまるか。後ろからどんどん近づいて来る二人から、隠れなきゃと思うのに体が動かない。真っ青になった私に、幸村さんは「愛?」と不思議そうな顔をした。そして私の視線の先を辿ると、驚いたような表情をした。「ちょっと待っててくれるかい」と言って二人の方へ歩いて行く。

「もしかして、手塚と不二じゃないかい?」

どうゆうこと、知り合いなの?幸村さんは親しげに周助さん達と話し始めた。

「幸村か。偶然だな、こんな所で会うとは」
「男二人でこんな可愛いカフェなんか来ちゃって、面白いね」
「そうゆう幸村はどうなんだい」
「え、俺?俺は……」

やばい。今のうちに本当に逃げなきゃ。そう思った時には遅かった。幸村さんが視線を此方にやると、周助さん達も一斉に此方を見た。「あの子と一緒」「そうか」話を続ける幸村さんと眼鏡の人を他所に、周助さんと私の時間だけ止まったようだった。感情が混ざりすぎて涙とかは出てこない。ただ、どうしたら良いのか分からなかった。神様はこんなにも私達の運命を崩したいのか。そもそも、神なんて存在しないのか。

「愛、ちゃん……っ」

やめて、駄目だよ周助さん。4年前に分かったでしょう、私達は出会ってはいけなかった。普通の恋愛なんて出来ないんだって。お互いを壊すだけだって。また同じことを繰り返すの?周助さんは私のことなんか好きじゃないのに。

抱き締めたりなんか、しないで。

思い出す。前世の感情が渦を巻く。そしてそれ以上に、何度も押し殺そうとした周助さんに対する思いが溢れ出していく。何年も触れたくて堪らなかったこの人の温もり。周助さんが、好き。好き。好きっ……

「不二、何やってるの」

私が周助さんの背に手を回そうとしたその時だった。幸村さんは周助さんの腕を掴み、勢いよく私から離す。幸村さんは「ごめん」と言った周助さんを睨んだ。

「どうゆうことかな。愛、不二と知り合い?」
「………はい」
「……そう。でも不二、いくら知り合いだからっていきなり人の彼女に抱きつくってどうなんだい」

「彼女」それを聞いた瞬間に周助さんがぴくりと反応したのが分かった。ねえ、周助さん。そんなに幼馴染の「愛」さんが大事?瓜二つの私にここまですがるほど。馬鹿馬鹿しい。やっぱりこの人は私を愛してはくれないんだ。早く私なんか忘れてよ。愛さんの代わりである私なんて。
私は幸村さんの服を小さく引っ張って、彼に抱きついた。

「幸村さん、折角のデート中なのに他の人と話してばかりじゃ寂しいです」

わざと周助さんの方を向いてそう言った。分かってる。馬鹿だってことくらい。やっていることが子供だってことくらい。それでもこうしないと、やりきれないのだ。

だってもう、愛されたがりは疲れたの。



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