最後に紅茶を。 | ナノ
美しき人は毒を纏う


ホームセンターでベニヤ板を数枚購入した後、本当に近くのカフェに連れて来られてしまった。

「あのお礼とかほんと、大丈夫なので」
「彼氏に格好つけさせてくれないの?」

そんなこと言われてしまっては何も言えないのが分かっているくせに、わざわざ疑問系にしてくるあたりがわざとらしい。はあ、と溜息を一つ吐いた。今更になって頭の中が冷静になってきたのだ。私はまた取り返しのつかないことをした。あんなに周助さんのことを心配してくれていた桃春に対して、凄く最低なことをしている。

「あの、私やっぱり帰っても良いですか」
「ほら席に座って。好きなもの頼んでいいよ」

そう言って幸村さんはメニューを差し出してくる。彼は決して怒っているわけではないし、ましてや脅迫しているわけでもない。なのにこの有無を言わさない感じはなんなのだろう。幸村さんの近くにいると、全て彼にペースを持っていかれそうで怖い。

「ここのモンブラン、凄く美味しいよ。それとチーズケーキもおすすめ」
「……じゃあチーズケーキで」
「了解」

幸村さんは近くにいたウエイトレスを呼び止め、注文をし始めた。私とそんなに歳は変わらないであろうウエイトレスさんは、幸村さんを見るなり顔を真っ赤にしている。……まあ確かに、この人本当に綺麗だもんなあ。冗談だか遊びだか分からないけれど、何で私なんかと付き合うと言ったのだろう。なんて思いながら辺りを見渡すと、綺麗なお姉さんグループが幸村さんをみてきゃっきゃ騒いでいるのが見えた。その中の一人が席を立ち此方に歩み寄ってくる。そう、明らかに私と幸村さんのテーブルに向かって。

「あのうすいません、お兄さんお借りしても良いですか?」

悪い予感とは当たるものだ。女の人は幸村さんにぺったりとくっついて、私に首を傾げて問いかけてくる。妹に見られたのは心外だけど、幸村さんをこのお姉さんに渡すことは構わない。頷いて「どうぞ」とだけ返した。

「わー、物分かりの良い妹さんですね!お兄さんあっち行きましょっ」
「離してくれないかな。君みたいな香水臭い女は嫌いなんだ」

いつものアルトからは想像できないほどの低い声。その声を発したのが幸村さんだと気づくのに少々時間を要したほどだ。幸村さんはそのまま女の人の腕を勢いよく振りほどき、代わりに私の腕を強く掴む。

「ちょっ、幸村さん!?」
「いいから」

唖然としている女の人をよそに、代金だけ置いてそのまま店を出た。車に乗り込むと車内に沈黙が走る。幸村さんの横顔から、彼の機嫌があまり良くないのが分かった。

「君はさあ、何を考えているんだい」
「……はい?」
「普通好きな男を他の女に渡さないだろ。これで確信が持てたよ、君が俺のことを好きなのは嘘って」

何も言えなかった。確かにその通りだ。ムキになって嘘を吐いて、幸村さんから見たら全て見え透いているんだろう。忘れられない人を思って、無理に忘れようとして。きっとはたから見たらかなり滑稽だ。挑発に乗っただけとはいえ、私はこの人を弄んだ。謝らなくては、そう思って口を開いたが、先に言葉を発したのは幸村さんだった。

「でもね、君が俺のこと好きじゃないからって俺は別れたりしないよ」
「!?何いってるんですか、お互い好きでもないのに付き合うなんておかしいじゃないですかっ」

幸村さんは私との距離を詰めてくる。

「お互い好きでもない?もしかして俺が好きでもない子と付き合うとでも思っているのかい。俺は好きだよ、君のこと」
「まだ会ったばかりで何言って、」
「会ったばかりとか関係ない。一目惚れだからね」

ぎしっ、と私が座っている助手席が大きく軋む。同時に頬に温かいものが触れて、それが何なのか認識する頃には彼の唇は離れていた。

「今はこれで我慢しとくよ。こっちは君が俺のことを好きって言ってくれた時の為にとっておく」

微笑いながら幸村さんは私の唇を指でなぞった。この人は私が出来なかったことを何の躊躇いもなくしようとしている。実るか保証のない片思いし続けることなんて、一番辛いはずなのに。自分を見てくれない相手に気持ちをぶつけるなんて、切なくて仕方がないはずなのに。少なくとも弱虫な私は、前世の私しか見てくれなかった周助さんにそれが出来なかった。
好きだよ、私の耳元で甘い蜜のように囁いた幸村さんの言葉に、私は頷くことしか出来なかった。
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