最後に紅茶を。 | ナノ
純粋ごっこに飽きただけだよ


私は今、初めての講義を終えて、カフェテラスで桃春と一緒に一休みしている。講義をずっと聞き続けるのはかなり集中力が必要で、ぐったりしている私をよそに、桃春は何故か鼻歌を歌ったり元気そうだった。どこからそんな元気が出てくるの、と聞こうとして思い留まった。桃春の目の前には何時の間に買ったのか、このカフェテラスで一番美味しいと噂のショコラケーキ。そんなものですぐに元気になれるのだから本当に羨ましい。

「はあー。疲れたあ……」
「ふぁへひひふふほひははへひへふほ」
「フォークを此方に向けて喋るのやめようね。それと口の中のもの飲み込もうね。お行儀悪いよ桃春ちゃん」

そう言うと桃春は「ふぁーひ」と間の抜けた返事をし、口の中のものをごくんと飲み込んでまた言葉を発した。

「溜息吐くと幸せ逃げるよ、って言ったのー」
「幸せですよーだ」
「ほら出た痩せ我慢」
「もぉー、本当だもん」

最近桃春はよく周助さんの話に触れる。今まであれだけ興味ないフリをしていたのにいきなり触れるようになったのは、多分私に意識させるためだろう。きっと桃春はそれが私のためと思っている。違うのに。彼と寄りを戻したいわけじゃない。完全に忘れたいのだ。それが一番楽だから。あまりに嘘だ痩せ我慢だとしつこいので、「だって私好きな人いるもん」と冗談を言ってみると桃春はバン!と強くテーブルを叩いた。

「何それ初耳なんだけど!誰誰っ」
「えっ、いや」

すぐに嘘だとばれると思っていたので、桃春の食いつきように驚いた。ここで嘘だとばらしても別に構わなかったのだけど、何となく散々私をからかってきた桃春に仕返しをしたくなってしまう。そのおかしなプライドがいけなかった。私は正真正銘の馬鹿だったらしい。

「実はね幸村さんに惚れちゃって〜。あの学生にはない大人の色気とかすらっとした長身とか堪らないよね」
「ふふ、そんな風に言われたら照れるな」
「……は?」

その声を聞いた一瞬で背中にあり得ない量の汗が流れた。これが冷や汗ってやつか。後ろを振り向くにも振り向けず、私は桃春を見たまま静止する。桃春はというと、「あ、幸村さーん!」と嬉々とした顔で幸村さんに話しかけていた。

「愛、幸村さんに惚れちゃったんだって!昔の男のこと引きずってたのにもう心配いらないみたいで良かった〜。幸村さん、あとはよろしくね!」
「ちょっ、桃春何もそんなことまでっ」
「あはは、そうなんだ。でもこの子は俺には勿体無いなあ」

どうやら誤解を解く必要もないようで、幸村さんは私の告白(と言っては語弊があるが)をさらりと流した。振られたみたいになっているのも癪だけど、わざわざ「本当は桃春に嘘を吐いていただけ」なんて説明するのも面倒なので放っておく。それにしても女の子の告白をこんなに当たり前に流すなんて、これが大人の余裕ってやつか。きっと告白されなれているんだろうなあ、なんて思いながら氷が溶けて薄くなったコーヒーを啜る。その様子を横目で見ていた幸村さんが、何かを思い出したかのように話し出した。

「ねえ君たちさ、ここから一番近いホームセンターどこだか分かる?」
「ホームセンター?なんでホームセンターなんか行くんですか?」
「実は裏にある倉庫が雨漏りしていてね。直しておこうと思って」
「へー、講師の助手なのにそんなこともやるなんて偉いですね」

桃春が関心したようにそう言うと、幸村さんは「気になっただけだから」と謙遜した。

「で、分かるかな」
「んー、私ここら辺じゃないからなあ。愛なら家近いし分かるんじゃない?」
「分かるけどー、説明しづらいところにあるんだよねえ」
「ふーん……」

それを聞くとにやりと笑う桃春。うわ、嫌な予感しかしない。

「愛が案内してくれるそうです!」
「は?」
「本当かい?助かるなあ」
「いやだから、は?」

ちょっと桃春何言ってんの!と小声で言うと、「幸村さんと二人っきりになれるチャンスだよっ」と耳打ちしてきた。ああこんなことになるなら、さっき面倒くさがらずに幸村さんを好きなのは嘘だとばらしておくべきだった。嬉しそうに笑う幸村さんを見たら無理です、なんて言えるはずもなく、私は結局幸村さんの車に乗り込みホームセンターまで案内をする羽目になった。誤解とはいえ、さっき振られた相手と二人きりになるのはなかなか気まずい。

「助かったよ、今ナビも壊れててさ。帰りにお茶でもご馳走する」
「……はあ」

生徒と何の躊躇いもなく車に乗り込んで、お茶をご馳走するなんて案外この人も軽いんだなと思った。そうゆうのを気にしないだけなのかもしれないけど。いや、気にしないとまずいよね。エンジンが鳴って、車を発進させると幸村さんはそういえばさ、と言葉を続ける。

「元彼のこと引きずってたんだ?」

うわあそれ聞いちゃうんだ、と無意識のうちに幸村さんを睨んでしまった。幸い彼は運転中なのでそれには気づいていない。大人の余裕なんて言ったけど、変なところで子供みたいなところがある人だ。初めて会った時も思ったけど、やっぱり私はこの人が苦手なのかもしれない。

「そんなことないですよ。私は過去のことだと思っています」
「ふーん、痩せ我慢じゃなくて?」
「……違います」
「本当かな」

信号待ちで止まった車のハンドルに寄りかかり、幸村さんは此方を見てくる。何を聞いているんだろうこの人は。そんなことを聞いて何になるのか分からないし、デリカシーがなさすぎる。

「私、幸村さんのそうゆう所が苦手です。忘れたいことを根掘り葉掘り聞かれるのは気分良くありません」
「ふふ、それって元彼のこと引きずっているって自分で暴露しているようなものだね」
「っ!違う!私は引きずってなんかいませんっ」

全てを見透かしたかのような目で幸村さんは私を見てくる。なんなの、この人。何が言いたいのか分からない。

「本当に引きずってないなら、君が好きって言ってた俺と付き合えたら嬉しいはずだよね?それともまだ元彼のことを引きずっているから付き合えないかな」

信号が青に変わり、再び幸村さんは視線をフロントガラスに戻し車を発進させる。色々と理解してくれている桃春ならともかく、この人に周助さんを引きずっている云々を言われる筋合いはない。それに、私は忘れたの。もう彼のことは、思い出さない。引きずってなんかいない。会ったばかりの幸村さんになんかに、私の気持ちが分かってたまるか。
私はムキになっていた。全部分かっているかのように幸村さんに引きずっていると言われ、否定しても信じてもらえないことに苛立ちを覚えた。つまり、ただの子供だったんだ。子供はこうゆう時、挑発に乗ることしかしない。

「出来ますし、嬉しいですよ。だって今私が好きなのは幸村さんですもん」
「ふふ、言ったね。じゃあ付き合ってもらうよ」

私はどれだけ嘘を重ねて生きて行くのだろう。
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