最後に紅茶を。 | ナノ
複雑な方程式の答え


何故、こうなる。

「あー!桃春、野菜微塵切りにしたら駄目だよっ、鍋を作るんだよ!?」
「うっ……だってよく分からなかったんだからしょうがないじゃん!大丈夫!食べれるっちゃ食べれる!」
「そういう問題じゃっ…!あーもう、桃春は見てるだけでいいからっ」

入学式の帰りに夕飯の買い出しをして、桃春の家に着いたら早速調理。献立は買い出しをしながら海鮮鍋に決定して、スーパーのレジ袋には申し分ないほどの食材が詰め込まれている。私が海老や鱈の下拵えをしている間、料理が苦手な桃春には野菜を切ることだけを頼んだのだけど、どうやらそれすらまともに出来ないらしい。この子どうやって一人暮らししていくつもりだったんだろう。

「桃春が料理出来ないのは調理実習の時によく分かったけど、まだこんなに出来ないなんて……」
「だって料理って嫌いだからあれ以来練習もしてないし。それで上達している方が可笑しいよ」

他人事のように桃春は笑っているけれど、流石にこのままじゃよろしくないだろう。切って煮るだけの鍋が出来ないのはまずすぎるよ桃春。へらへらして愛早くお腹減ったー、なんて言っている桃春のやる気を奮い立たせる為に、こんなことを言ってみた。

「今日会った幸村さんって格好良かったね〜。手料理とか好きそうな顔してたし、私狙っちゃおうかなあ」
「よし私もそろそろ本気で料理しちゃおうかな!」

単純すぎだよ阿呆。桃春は先ほどまで使っていた包丁を再び手に取り、葱を切り始めた。いや、だから何でそんなに細かいんだって。見兼ねた私がこうやるんだよ、と教えてあげると桃春は関心したかのような顔をした後私をじいっと見てきた。手を動かしなさい、手を。

「ねえ前から思ってたんだけどさ、何で愛ってそんなに料理出来るの?」
「何でって……、まあ一つくらい取り柄がないとねえ」
「もしかして前話してた「周助さん」の為……、とか?」

ガシャンッ。突然桃春が発したその名前に動揺して、私はベタにも手に持っていたボウルを落とした。あーあ、海老が……。

「馬鹿なこと言わないでよ桃春ったら。ほら、野菜全部切れたんだったらコンロに鍋セットして」
「ねえ、愛。私ずっと思ってたんだけどさ、愛って男と話す時いつも無理したような顔して笑ってる。それってその「周助さん」と比べてるからじゃないの?」
「桃春、お願いやめて」
「やめない。愛は「周助さんといても幸せにはなれない」って言っていたけどこのままでも結果は同じだよ。愛は幸せになれない」

こんなに真剣な桃春は初めて見た。真っ直ぐすぎるその視線が怖くて目を逸らしたいのに、逸らせない。今分かった。私が桃春に周助さんのことを全て話した時に、それ以上言及してこなかったのは早く私に過去として忘れさせる為だ。興味の無いフリをして傷に触れることのないように、私が周助さんを思い出すきっかけを出来るだけ作らないようにしていたんだ。
だけど、結果的に私は引きずったままだった。桃春に話したあの時からもずっと。桃春はそれを分かっていたんだ。だから今、もう無理をするのはやめろ、素直になれと言おうとしてくれている。馬鹿だなあ、私。知らない間に桃春にもこんなに心配かけていたんだ。

「私は、幸せだよ」
「愛っ……!」
「桃春みたいな良い友達に恵まれて、毎日楽しくて仕方がなくて。だから心配しないで。周助さんは関係ないよ。もう昔のことだから」

ほら鍋あっためるよ、と笑って言った私に桃春は一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべたけど、暫くすると「よっしゃあ食べるぞ!!」といつもの様子に戻った。それに私は小さく微笑んで、微笑ましい気持ちになると同時に、罪悪感に押しつぶされそうになるんだ。ごめんね桃春、気を使わせて。本当は私も分かっているんだ、素直になったほうが良いってことは。現世の私を見てくれないのなら、見てもらえるように少しは努力するべきだったって分かってる。だけど努力しても私自身を見てくれなかった時に、傷つくことが怖かった。だから彼の近くに居続けることを躊躇い、結果的に逃げ出したのだ。私のことを好きと嘘をついて、愛さんと重ねて見ていた周助さんも勿論悪いけど、別に全部彼のせいではない。でもね、今更そんなの気づいたって遅すぎるんだよ。私は臆病者だった、だからもうあの人の元へ戻ることは出来ない。それだけのこと。

だから、忘れる。今度こそ本当に。いつかお互いに違う大切な人のもとで笑い合える時が来るように。これが、私の出した答え。
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