カモミール | ナノ


08


屋上に残された私と越前の間に沈黙が走る。そういえば、どうして彼は此処に居るのだろう。私が問うより先に口を開いたのは越前だった。



「謝りに、来たから」

「え……?」



予想外の言葉に目を丸くする。謝りにって今更何を。転校してきた日の朝のこと?無理やりのキス?あれ程頑なに謝ろうとはしなかったのに、一体どういう風の吹きまわしで。



「俺、今まで女で俺に逆らう奴なんて出会ったことがなかった。抱かせてと言えば喜んで皆抱かれるし、手に入らない奴なんか居なくて。だから、」



本当に欲しい物を目の前にした時、手に入れる術が分からなかった。ただ、傷つけることしか出来なかった。



真っ直ぐに私を見据える黒い瞳。少し長めの前髪から覗くそれは、私を捉えて離さない。



「越前、何言って……」

「力づくでしか、近づき方を知らなかったんだ。でもそれじゃ駄目だって……自分でそう仕向けたのに、傷つくあんたを見る度に余計離れていく気がした。どんどん強く、儚くなって消えてしまいそうで」



不二も越前も私を強いと言う。そして、綺麗だとも。とんだ検討違いなのに。私は汚い。前の学校で私に嫌がらせをしてきた奴らを未だに許せないし、憎み続けている。過去を見続けることと引きずることしか出来ない人間だ。人を許せる強さも優しさも、何も持っていないのに。



「やめてよ、越前に私の何が分かるの?」

「先輩、」



本当は、ただの強がりな弱虫なんだよ。何処に行っても、容姿のせいで距離を置かれる。曲がったことが許せなくて、憎らしい口を叩いてしまう。要領の良い生き方なんて知らなくて、そんな自分が昔から大嫌いだった。



「勝手なこと言わないでよ。強がってるだけなの。こんなの本当の私じゃない」

「違う。それも本当のあんただ」



強い私も本当の私?違う。本当の私は、隠れて泣いて、人を恨むことしか出来ない情けないものだ。だから余計、強がっているのが惨めで悔しくて。



「違わないよ。越前は何も知らないからそんなこと、」

「強がりなあんたも、弱虫なあんたも全部あんた。嘘の自分なんてないんだよ」



初めてだった。そのもがき苦しむ姿を綺麗だと言われたり、強いと言われたのは。今まで自分ですら思わなかったそれを初めて他人に言われて、この人は本当の私を見てくれているのではないかと、都合が良すぎるかもしれないけどそうおもってしまった。こいつは私のことを正当化しすぎていて、なにも分かっていない。それでも自分を不当化しすぎて全てを否定している私よりはわかっている気がした。

脈打つ鼓動を抑え、小さく息を吸う。もしもこの人が私の外見でなく本質を美しいと言ってくれるのならば、自分を信じても良いのかもしれない。自信をもつことも一つの強みだと、誰かが言っていた。

恐れていたなにかと向き合うことや、人を許すことほど勇気のいることはない。だけどそれも、自分を少し受け入れた私にならきっと出来る。越前や不二、前の学校の奴らだって、すぐには許せないかもしれない。だけど今は、こうして対等に憎まれ口を叩き合える関係になれただけで、十分なはずだ。



「けじめをつけに行ってくる」



人を傷つける者を変えられるのは、痛みを知った者だけだから。


アイスランドポピー
花言葉:気高い精神

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