カモミール | ナノ


07


気がついたら私は保健室のベットの上に居た。全身がズキズキと痛む。どれくらい気を失っていたのだろう。窓の外はもう真っ暗で、校庭にも人の気配は感じられない。
痛む体を無理矢理起こすと保健室に誰か居るのが仕切りのカーテンの隙間から見えた。学ランを着ているから、男子生徒なのは確か。まさか、英二……?だとしたら逃げなきゃ。私が意識を取り戻したことに気づく前に。逃げようと思いベットの下に置いてあった上履きを取ろうとした瞬間、足音が此方に近づいてくるのが分かった。どうしよう、今逃げたら鉢合わせる……!かといって他に逃げ場はなく私は急いで布団を被り、まだ気を失っているフリをした。
シャッ。カーテンの開く音が聞こえ、私は固く瞼を閉じた。緊張で心臓が激しく脈打つ。また殴られたらどうしよう。けれど、歩み寄って来た人物は、ベッドの横にある椅子に腰掛けただけだった。



(誰……?英二じゃないの?)



誰だか確認したいが、起きているのがばれたら困るのでどうしようもない。暫くそのままでいるといきなり布団越しに頭を撫でられた。突然のことに驚いて、ベッドが大きく軋む。



(やばっ、)

「……先輩?起きてるの?」

(……この声、越前……?)



そこにいるのはどうやら越前のようだ。どっちにしろ、起きたら何をされるか分からない。私は問いかけには答えず、寝ているフリをし続けた。



「……寝てるのか」



ギシッ。椅子に座り直す音が聞こえ、静寂が空間を包む。
何でさっき、私の頭を撫でたのだろう。あんなに優しく、大切そうに。この人が何を考えいるのか、何がしたいのか、私には分からない。



「守れなくて、傷つけることしか出来なくて……ごめん」

「………!」



突然発せられた彼の言葉に驚き、私は布団の隙間からそちらを見た。何で、何で越前がそんな顔してるの。辛いのはあんたじゃない筈でしょ。何でそんな、泣きそうな顔____。
越前は椅子から立ち保健室から出て行った。それを見計って私も急いで保健室を出る。時計を見ると、八時半を過ぎていた。



「早く、帰らなきゃ……」



通りかかったトイレの前の鏡をふと見ると、口の中がきれて頬に血がついていた。それを見てさっきまでの出来事が一気にフラッシュバックする。今までは嫌がらせにあっても、英二が側に居てくれたから良かった。でも英二を怒らせてしまった今。明日からどうやって生きていけば良いのだろう。

____考える必要も無かった。答えなんて簡単なものなのに、それが自分にとって良くないものであるから、導きだすのを躊躇うだけ。

次の日から私はただ虐められる為に、罵られる為だけに学校に行く様になった。人の憎悪の対象。不満発散の為の玩具。それが私だ。
闘おうなんて、思えない。初めから一人であるのならそうも思えた。だけど人の温かさに、一瞬でも触れてしまったから。一人ってこんなに冷たかったっけ。もう何も信じられなくて、全てがどうでも良かった。



「あれれー、反抗しなくなっちゃったのー?」

「つまんなーい」

「ねえ、私良い考えがあるの。こいつ、焼却炉に捨てるなんてどうかな」

「あはは、明最高ー!行こ行こ!」



佐野の一言で私は髪の毛を掴まれ外へ引きずられて行く。
____何で、私がこんな目に合わなくちゃいけないの。私が何したっていうの。ただ人より容姿が良くて、強気な性格で。それがあんた達に、何の迷惑がかかるっていうの。



「離せ、ふざけんな!」

「うるせーよ」



抵抗していると英二と目が合った。だけどそれは逸らされて、私は希望を失う。完全に、見放されてしまったんだ。あ、やばい。泣くかもしれない。こんな所で、こんな奴らの前で泣きたくなんかないけれど。それだけ私は英二のことを信用してたし、大好きだった。たった一つの、私の希望だった。
喉の奥が熱くなって涙がこぼれ落ちそうになった時、何か黒い布のようなものが私の頭上から落ちてきた。



「明、もうやめてあげて」



視界に被った布を取って声のする方を見ると、そこに居たのは不二だった。被せられた黒い布はどうやら不二の学ランのようだ。もしかして涙を隠す為にかけてくれた?いや、でもどうしてそんなことを彼がするんだ。彼に私を庇う理由なんて、ないはずなのに。
何も言葉を発せずに佐野と不二を見ていると、二人は言い争いを始めた。



「周助、裏切るの?」

「もう君にはついていけないよ。僕は君と別れる」

「……!そんな、あの約束はっ、」

「いつまでも脅されたままなわけがないよ。こっちだって考えてたんだ」



話に着いていけない。約束?脅す?なんのことを言っているんだ。



「小野さん、行くよ」



何か言いたそうな佐野を無視し、不二は私の手を引いた。そして着いた先は屋上。



「………どうゆう、つもり」

「ごめん」



あっさりと謝ってきた不二に拍子抜けた。彼が何を考えているのか分からない。



「僕の弟……裕太は明から虐めを受けていた。それを辞めるのと交換条件で、僕に好意を寄せていた明と付き合うことになったんだ。」



でも裕太は他の学校に転校することになったから、僕はもう明に従う必要も無い。……君の虐めに加勢したのも明の指示だったんだ。ごめんね、こんな僕を許して。
そう話し始めた彼は悲しく、切なそうで。これは信じて良いの?それとも罠なの?もう、私には分からない。何を信じたら良いのかなんて。



「明さんの指示、なんて嘘だ」

「………越前」



私がただ黙って話を聞いていると、いつから居たのか分からないが、そこには越前が居た。



「虐めに加勢したのは不二先輩の意思でしょ。別にあいつらの指示じゃない」

「クス、当たり」



自分の意思で、なんてどうして。私は不二の恨みを買うようなことはしていない筈。意味が分からなくて、不二のことがただ憎くて、睨みつけた。



「仕方なく君を苛めた、というのは嘘だよ。楽しくて仕方がなかった、苛められている君を見るのが」

「っ、私はあんた達の玩具じゃない!」

「悔しかったんだ。僕にはないものを全て持っている君が憎かった。何をされても動じなくて、凛としていて。滅茶苦茶にしてやろうと思った。それでも、君は僕達に従うことはしなかった」



不二の爪は、手のひらに深く食い込んでいた。この人は、後悔している。なんて自分勝手で愚かなんだろう。勝手に僻んで、傷つけ、許しを乞うなんて。惨めで可哀想な人。それでも、彼の全てを憎むことは出来なかった。彼だって、弟さんが虐められ、佐野達に脅されたことで少なからず苦しみを背負ったはずだから。



「昨日裕太が転校することを決めたって聞かされて、僕は何をやっているんだろうって思った。裕太はちゃんと前に進んでいるのに、僕は八つ当たりして僻んで、人を傷つけて。だからもう終わりにしたいんだ」

「……それはそれで随分と勝手だね」

「だからせめてもの僕の償い。教室で嫌がらせがあった時は、僕が身体を張ってでも止める。そして僕は君とはもう話さない。それが僕なりのけじめだ。だから最後に、これだけ言わせて」



一目惚れしてたんだ。
強くて綺麗な君に。



そう言って不二は泣きそうに微笑った。その表情に私もなんだか泣きそうになってしまう。人間って、なんて残酷で脆くて、強いんだろう。
彼ともっと違う形で出会えてたなら、近くで笑い合える関係になっていたかもしれない。普通の、友達でいれたかもしれない。運命の歯車なんて小さな偶然一つの違いで、こんなにも大きく狂ってしまう。

屋上から出て行く不二の背中が、今までより綺麗に見えたのは気のせいじゃない。人間は汚いと思っていた。だけど、自分の罪を認めることが出来た人間がこんなにも綺麗だなんて。
ドアが閉じてゆくのが、やけにゆっくりと感じられた。



さようなら、優しく強い人。



デルフィニウム
花言葉:慈悲

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