カモミール | ナノ


03


「落ちないな」



石灰を頭からかぶったあんな状態では、授業を受ける気にもなれなくて、転校初日の一時間目からさぼってしまった。そして私は今、屋上にいる。
今朝まで真っ新だった制服は、不二周助によって今は酷いことになっている。それを必死に落とそうと制服をこする私は、強がってはみたものの、彼に対して少なからず怒りを抱いていた。



「はあ……」



無意識のうちに溜息を吐いていた自分に嫌気がさしながら、諦めて寝転がり空を見上げた。
今日は冬のわりに暖かい。小春日和とはこういう日のことをいうんだろう。
真っ青な空にしっかりと時間を刻み込んでいくように一定のペースで雲が流れてく。
空はこんなに澄んでいるのに、時は止まることなく流れているのに。なのに、なのに。私は、何を立ち止まったいるのだろう。前の学校で嫌がらせが始まってから、ただただ人間を嫌い、避けて。強気な性格が更に裏目に出た。そしてそれは、ここでも同じ。



「……っ、」



辛くないわけがなかった。人間は嫌いだ。どんなに良い人そうに見えても、誰もが心の奥に汚い感情を隠し持っている。心の底から綺麗な人間なんていない。そして私も、その汚い“人間“の一人なのだということが余計に悔しい。現に、こうやって人を恨んでいる。何も人のことなんて言えないんだ。だから悔しくて、余計に辛くなる。



「人間になんか、生まれてきたくなかった…っ」



屋上には誰もいないのに、目元を手の甲で隠して泣いた。思い切り泣くことはしたくなかった。それこそ、自分が弱くて汚い人間の一人なのだということを認めてしまう気がして。



「何で?人間って楽しいじゃん。汚くて、偽善的で。見てて面白い」



視界に影ができて、声がした頭上に目をやれば、そこにいたのはあいつだった。私は少し赤くなった目を合わせないようにして口を開く。



「……何の用ですか、越前君」

「別に。ねえ、こっち向いてよ」

「……煩い。今朝のことを謝りにきたんじゃないなら、教室戻るよ」

「ふーん。戻れるもんなら戻ってみなよ、怖いくせに」



そう言われた瞬間、鋭く越前リョーマを睨みつける。泣いていたことを悟られないよう越前の方を見なかったのに、それはそのせいで水の泡となった。



「こう言えばこっち向くと思った。……泣いてたんだ」

「煩いって言ってるでしょ」

「これ、誰にやられたワケ?」



越前は放ってある私の石灰だらけのブレザーを拾って言う。咄嗟にそれを奪い、越前から視線を逸らした。



「別に。越前君に関係ない」

「俺のファンにされたなら関係大アリでしょ」



キッカケは越前のファンだ。だけど実際に石灰を掛けたのは、越前ファンの彼女を持つ不二周助。だから私は「違う」とだけ呟いた。



「じゃあ誰?」

「……だから関係ないって言ってるでしょ?」

「当ててあげようか。不二先輩、でしょ?」



越前は嘲笑うかのように此方を見た。まるでその笑みは、「今朝の威勢は何処へ行ったんだ、弱虫」とでも言っているかのようで。堪えていたものが一気に溢れ出した気がして、気がついたら目の前にいた越前に掴みかかっていた。



「だから何だって言うの!」

「ははっ、今朝はファンなんか怖くないって言ってたのに、とんだ強がりっすね。ほら、またあんたが恐れているファン達に見られてるかもよ。さっさと離したら?」



悔しい、ただそれだけ。だけど私には手を離すしか選択肢がなかった。



「急に聞き分け良くなったっすね。ちょっと脅しただけなのに……、だから人間って面白い」

「汚い!越前の心は腐ってる!」

「汚い?俺が?まさか。皆俺を見ると格好良いって言うし、見惚れるのに」



越前は私との距離を詰めて、髪を掬ってきた。狂ってる。この人は、人が苦しむのを見て楽しんでいる。自分の見た目の美しさと、根本的な物の美しさを履き違えている。



「ねえ小野先輩。俺は、良い物はそれ相応の人が持つべきだと思うワケ。言ってる意味、分かる?」



後ずさる私の背中は、ついにフェンスにぶつかった。目の前には越前。逃げ場なんて無い。あったとしても、今の私には、恐怖で逃げることなんて出来ない。



「俺は綺麗なものは、必ずこの手に収める」



刹那、整いすぎた越前の顔が目の前にあって、唇が重なった。越前の左手が私の後頭部を抑える。その手に込められた力は強くて、乱暴なキス。
なのに、何で。触れる唇は、何処か優しい。息を吸う時に見せる表情は、切なそうで。なんであんたが、そんな顔すんのよ。
また角度を変えてキスをされる。やられっぱなしが情けなくて悔しくて、考えるより先に、私は越前の唇を噛んでいた。



「痛……」



越前の綺麗な肌に紅い液体が伝って、彼は顔を顰める。そんなことは気にせずに、隙をついて私は彼を突き飛ばした。



「何で、こんなことっ……!」

「言ったでしょ、綺麗なものはこの手に収める。アンタを俺の物にするため」

「私は物じゃない!」



精一杯声を荒げて反抗しても、越前は余計に楽しそうに笑うだけだった。何が、面白いっていうの。この人が何を考えているのか、私にはわからない。



「それで良いよ。憎しみに歪んで、必死にもがいて……最高。今の先輩の顔。」

「……!」

「まだ始まったばかりっすよ。これからもっと、俺の手のひらの上で踊ってよね」



越前が屋上を後にする際、すれ違い様にそう言った。校庭から聞こえていた生徒の声が、その時だけやけに遠く感じたのは、何故なのだろう。



プリムラ

花言葉:運命を開く


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