カモミール | ナノ


01


新しい制服に身を包んだ私、小野杏里は今日から青春学園中等部に通う。三年生の十二月と中途半端な時期ではあるが、親の転勤が理由だ。初めてのセーラー服に違和感を感じつつも、鏡の中の自分を見つめる。母親譲りの、すらりと伸びた白い手足。父親にそっくりな鼻筋の通った綺麗な顔立ち。他人から見れば美人なのだろう。だけど今の私には、醜くしか映らない。



「……そろそろ行くか、」



時計をみると八時を過ぎており、私は重たい足取りで部屋を出た。




****




学校に到着して一番初めに驚いたことがある。それはこの学園の広さ。全ての構造を記憶するのには少し時間がかかりそうだ。
校舎の見学も兼ねて暫く歩いていると、遠くから劈くような女の悲鳴と歓声が聞こえてきた。
何事かと思い、朝のホームルームが始まるまで、時間に余裕があるのを確認してから興味本位で声のする方へ向かった。
今思えば、それが私の運命の歯車を狂わせたんだ。



『きゃあああああ!!手塚君、こっち向いてえ!!』

『不二くーん!!きゃー、今日もかっこいい!』

『海堂君のそっけなさが堪らないよー!』



その光景に私は目を疑った。普通に朝練している男子テニス部のコートの周りに群がる沢山の女の子達。どうしてこんなに人が…、
その疑問は朝練が終わってコートから出てきた彼らの容姿を見たら、すぐに解決した。



「……うわ、かっこいい」



私も思わずそう呟いていた。
コートから出てきた彼らの容姿は、この学校の美形を全て集めたんじゃないか、と思ってしまうほどのものだった。長身で美形で、スポーツも出来るなら女の子の憧れの的になるのは当然だ。だけど、私は……彼等と、関わりたくない。
私は前の学校で目立ち過ぎた。全ては、容姿が原因で。そのせいで嫌がらせもされた。彼らも憧れの的であるだけじゃない。きっと誰かに妬まれている。そんな汚い人間の感情に巻き込まれるくらいなら、憧れや地位や名声なんていらない。誰とも、関わりたくない。
こんなにも人との関わりを避けるようになったのは、いつからだったか。もう覚えてはいない。気がついた時には、私の心にはぽっかりと穴が空いていた。
時計をみると、ホームルームまで時間が僅かになっていた。転校初日から遅刻は何としてでも避けたい。私は教室に戻ろうと踵を返した。
その刹那だった。



ドンッ



勢いよく走ってきた誰かにぶつかって、私は後ろに倒れこんだ。



「いったあ……」



一体誰だ、そう思って顔を上げた。
そこにいたのは、私より少し背が低い男の子。綺麗な黒髪と、肩に乗せた背丈には大きいラケットバッグが印象的だった。
そして、目があった瞬間驚いた。まだあどけなさの残る大きな目。凄く綺麗で、今でこそ可愛いという表現が合うがあと一、二年したら凄く格好良くなるんだろう。



「いった…あんた、前見て歩きなよ」



不機嫌そうにそういった彼に、私はむっとした。明らかにぶつかってきて、非があるのはむこうだ。顔がいい、それだけで許してしまう馬鹿な女子もいるだろうが、生憎私は性格上黙ってない。



「走ってぶつかってきたのは君でしょ。謝ってよ」

「はっ?あんたに謝る筋合いはないんだけど」



私達が言い合いをしているのを見て、何時の間にかギャラリーが集まってきた。殆どがさっきまでテニス部を見ていた女子達だ。……女って陰口を言うことと噂をすることしかやることがないのか。呆れる。



「っ……!?」



突然飛んできた何かから、私は咄嗟に除けた。地面に落ちたそれをみると、どうやら石のようなもの。除けたからよかったものの、当たってたら洒落にならないんだけど。飛んできた方向を見ると、一人の女子が立っていた。



『そこの女!リョーマ君に近づくんじゃないわよ!』



リョーマ君……?ああそうか、目の前にいる彼は、きっと女の子達に人気があるんだ。彼女らの様子を見ていたら分かる。だけど。顔がいいだけで全てが許されるなんて、そんなの間違ってる。



「あんたさ、俺のこと誰だか分かっててつっかかってんの?それとも新種のアピール?」

「今日転校してきたのに知るはずないじゃん。女なら誰でもあんたのこと知ってると思わないで。自意識過剰だよ」

「へえ……じゃあ良いこと教えてあげる。俺にそんな喧嘩売ったら、テニス部のファンクラブを敵に回すことになるよ」

「だから?そんなの怖くない」



彼は相変わらず悪びれる様子はない。むしろ堂々としている。私はいい加減、本当に切れそうだった。



「越前!朝練遅刻だぞ!校庭五十周!」



テニス部のコートの方から怒鳴り声が聞こえて、振り向くとそこにはさっきコートにいた仏頂面の眼鏡。そして人混みを掻き分けてこちらにやってきた。



「げっ、部長……」

「こんなところで何をしている。こちらの女生徒は?」

「なんでもありません。失礼します」



だから、関わりたくないんだってば。何で次から次へと人が来るの。嗚呼もう、きっと今日は厄日だ。



「待て。さっき越前と何を言い争っていた?」

「あなたも部長だったら部員に最低限の礼儀くらい教えたらどうなんですか。話ならこの子に聞いて下さい。それじゃあ」



さっさとその場を後にしたくて、私は彼等に背を向けた。早く教室へ行こう。あっちが謝らないんだから、話していても仕方がない。
そのまま逃げるように歩き出すと、後ろから「待って!」と呼び止められた。まだ何かあるのか。嫌々後ろを振り向くと、そこにはにやりと笑ったさっきの男の子が居た。



「俺、一年二組、越前リョーマ。あんたの名前は?」

「今日から三年六組の小野杏里。名前聞いたからには謝りにきてよね」

「俺、あんたみたいな人嫌いじゃないっすよ」



そう言って越前リョーマは一層笑みを深めた。____何故だろう。悪寒が走る。
それが「終わりの始まり」の合図だったなんて、この時の私はまだ知らない。



月見草
花言葉:無言の恋


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