カモミール | ナノ
11
「杏里、別れよ!」
「………え……?」
お弁当を食べ終わってから私は英二にちょっと、と呼び出された。越前は不思議そうに此方を見ていたが不二に関しては何か知っているかのような表情で、何だか嫌な予感がした。
気のせいだと思おうとしたが、その予想はどうやら当たってしまったようで。階段の踊り場まで歩いたところで、英二はいきなり振り向いて冒頭の台詞を言ってきたのである。
「な、んで……?」
「んー、何つーかさ、杏里変わったじゃん!だから、別れよ!」
変わった?そんなことない、私は変わらず英二が好きだ。でも、なら涙がでないのは何で?自分の気持ちなのに分からない。
「変わったって……私は英二がまだ好きだよ?私のこと、嫌いになった?」
「違うよ、そうゆう意味じゃない。不二と話してたんだけど……杏里、明るくなったし強くなったじゃん?だから俺なしでももう平気だと思って」
そう言ってははっと笑う英二。私は正直、笑えない。そんなことで手放してしまうほど、私はどうでもいい存在だったの。今までいろいろなことがあった分、これから沢山思いでつくろうねって。そう話してたじゃない。
「勝手に決めないでよ…!私が強くなっても、英二には側にいて欲しい!」
「そう言うと思った、鈍い杏里のことだから。……まだ、杏里は自分でも気付いてないだけにゃ」
言っている意味が分からない、と言うような顔をする私に英二はさらに続けた。
「……一週間、考えてみて。それでも分からなかったら、俺だって簡単に手放したくないし、またさらいに行くから。もしその時まで杏里の気持ちが変わらなかったら、一週間後の放課後4時に屋上で。そんじゃ、ばいばい!」
そう言って英二は切なそうに笑った後、私に手を振って教室へと戻って行った。その顔が私の脳裏に焼き付いてはなれない。あんな顔するくらいなら、何で別れを告げるの。側に居てくれないの。英二の言った、私がまだ気がついていないことって何よ。
悲しくて、切ないはずなのにやっぱり涙は出てこなかった。呆然とそこに立ち尽くす私に、屋上に続く階段を降りてきた不二と越前が話しかけた。
「あれ、先輩?こんな所で何してんすか」
それに気がついた時には、越前の顔が目の前にあって私の心臓はまた拍動を増す。本当におかしい。何で私、こんなに越前に反応しているんだろう。
「……小野さん」
次に話しかけてきたのは不二で、私はそれに動揺しながらも何、と返す。
「英二があの選択をした意味、分かる?」
やっぱり彼は知っていたようだ、英二が別れを切り出すこと、そしてその理由を。私はそれに小さく首を横に振って返した。
「そう。早く気付いてあげてね、君の為にも、僕らの為にも。諦めつけなきゃだから、ね」
理由を教えてくれるのかと思ったがそうではないらしく、逆に不二は余計引っかかるような意味深な言葉を残してその場を後にした。
その場に残ったのは私と越前だけとなり、彼は不思議そうに不二の後ろ姿を見送っていた。
「何か今日変っすよね、菊丸先輩も、不二先輩も」
「……うん」
彼も私と同じく理由を知らないらしく、腑に落ちないような顔をする。それから、しばらくの沈黙。さっき英二に振られたばかりのはずなのに、何故かその空気に私は落ち着いていた。
「ねえ、先輩」
先に沈黙を破ったのは越前で、私は彼のほうを見る。
「俺、振られたけど……諦めたわけじゃないっすから。最後に、チャンスくれません?」
そして私に越前が差し出してきたのは、2枚のペアチケット。
「植物園……?」
「まあ貰い物なんすけどね。……菊丸先輩が好きなのは知ってる。けどもし俺を選んでくれる気になったら、来週の4時に駅前にきてください。それじゃ」
そう言って越前は階段を降りていった。越前は何で私にこんなものをくれたのか。いくら私でも分かる。まだ私に好意を抱いてくれているからだろう。
来週の、4時。
英二が言っていた時間と被っているから、必然的にどちらを選ばなければならない。本当に私を見てくれるのは、見てくれていたのは誰?答えなんて考えなくてもとっくにわかっている。
手のひらに握られた2枚のチケットが、くしゃりと音を立てた。
ジャスミン
花言葉:貴方について行きます
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