カモミール | ナノ


09


腹を割って佐野達と話そうとおもった。そうして向かった教室で広がった光景に、私は目を疑った。傷だらけで倒れこむ不二、それを狂ったように殴り続ける英二と、ただ傍観する佐野達。


「何やってるの!!」

「……杏里。おチビまで……どったの?」


ゆっくりと振り向いた英二は、彼であってもう彼ではなかった。悲しそうな、絶望に満ちた目。



「英二、やめて!何でこんなこと!」

「不二が悪いんだ。杏里に手を出すから……でも不二のこと庇うなんて、杏里もやっぱり」

「違う!そんなんじゃない!」

「何で俺だけを見てくれないにゃ、何で何で何でっ……!」



一歩ずつ歩み寄る英二。そして距離を保つために、後ずさる私。逃げては変わらない。だけど、頭に過るのは英二に何度も殴られた昨日のこと。膝が情けないくらいに震えてる。ああ前と同んなじだ。強がりって、もがき苦しむことと似ている。

私は強い。
ワタシハ、ツヨイ?

何歩か後ずさると、私の背中に小さな何かが当たった。かと思ったら、とんっと背中を押されて。振り向かなくてもそれが誰なのか分かった。



「本当の小野杏里を見せてよ」



越前だ。彼はそのまま言葉を続ける。



「何かあったらちゃんと守るから。変えられるのは先輩だけだよ」



そう言った越前にあんたに言われなくても分かってる、と返した。我ながら強がりも良いところだと思う。膝は未だにこんなにも震えているのに。だけど、それが私なのだと教えてくれたのは越前だった。そして、そんな私を一番最初に愛してくれたのは____



「おチビ!何俺の杏里に触ってるんだよ!!」

「私は英二の所有物じゃない!!」


どんなに酷いことをされても、



「何言ってんの、杏里は俺の彼女でしょ……?」

「そうだよ。だからって、人を殴ることが、傷つけることが許されるの?」



この目の前にいる



「これ以上、傷つけ合う意味なんてない」



菊丸英二なのだから。

それだけは何があっても変わらない事実で、だからこそ私はこの人に傷ついて欲しくなかったし、誰かを傷つけて欲しくなかった。今からでも遅くはない。過去に戻ることは出来ないけれど、これからは変えられる。人間は変われることを、私は知っているから。
越前に殴りかかろうとする英二の手を掴んだ。届いて欲しい。もう、誰にも傷ついて欲しくない。傷つけることによって生まれる憎しみは、巡り巡って自分の元へもどってくるのだから。



「人を傷つける奴を、私は許さない。だから英二にもこれ以上人を傷つけるようなことをしてほしくない」



英二は暫く私を見つめたあと、ごめん杏里、とだけ呟いて俯いた。そうだ、これから変われば良い。今までなんて、関係ないんだ。
私は周りにいた佐野達を睨む。



「な、なんなのあんた!生意気言ってるんじゃないわよ!」

お前らは何様なんだよ!!



急に声を荒げた私に佐野達はたじろいだ。今までの怒りが積み重なって、自分でも抑えることが出来ない。



「人を傷つけて、傷つけられた人が反抗すれば生意気だと?大勢で群れて、陰湿なことしか出来ないくせに。傷つけられた人の痛みが分からないのか!」

「ふん、分かりたくもないね、そんなもの。虐められる方が悪いんだ。上手く生きる術を知らずに、偽善ぶってる奴みると胸糞悪いんだよ」

「ああそうか。なら教えてやるよ」



「痛みをな」



瞬間、私は佐野の頬を思いっきり殴った。佐野は後ろの机に倒れこみ、痛そうに頬を抑える。



「何するっ、」

「まだだよ。それは私の痛み。まだ英二と不二の分が残ってる」

「ひっ」



二発目、三発目。力に加減なんかせず引っ叩くと、佐野は泣きそうな顔でこちらを睨んだ。



「痛いでしょう。私達はもっと痛かった。これの何十倍も、何百倍も痛かったの」

「っ、」

「ほら、後ろにいるお仲間さんも殴られなよ。あんた達、人をいじめる時は一心同体だったじゃない」



佐野のグループの女子は、わたしが近づくと後ずさった。それを見て、私は薄く鼻で笑う。



「良いこと教えてあげようか。確かに間違ったことを気にせず、自分も加勢すれば被害は受けないかもしれない。それが上手く生きる術だということも私は知ってるよ。だけど、」



「そんな嘘の塊の上に出来た薄っぺらい友情なんか、私は望まない。」



泣きそうな佐野を置き去りにし、他の奴らは逃げて行く。それを見て、私の生き方は間違っていなかったんだと、辛さから逃げてそちら側に回らなくて良かったのだと思えた。



「まだ何かするのならこっちにも考えがある」

「な、何よ!」



一つ呼吸を置いてから私は言った。



「マスコミと校長に全て公表する。このイジメのこと。見て見ぬ振りしてた教師達だってマスコミにばれたら対応せざるを得ないし、校長に言えばあんた達、高校進学危ういの分かるよね?」



私は何か策はないかとずっと考えていた。けど漫画のようには行くわけもなく、こんなありきたりな策しか浮かばなかった。
でも効果は少なからずあるだろう。彼女達だって進学が出来ないのは避けたいはずだ。



「ちっ」



佐野は悔しそうな顔を浮かべて、教室を出て行った。結局、謝りはしなかったけれどもう私達に干渉することは無いだろう。今はそれで良い。



「何で、庇うんだ」



不二がこちらを見て言う。頬の傷が痛々しい。



「僕は英二に殴られても、君に一生恨まれても仕方がないくらいのことをした。あのまま放っておくことだって出来たはずだ」

「それじゃ、佐野達と変わらないじゃない。痛みを知っているからこそ、私は人を虐めない。絶対に」



制服のポケットに絆創膏が入っていたのを思い出して、不二の切れた頬に貼った。不二はその間も、どうしてという表情で私を見つめる。



「不二達は私を強いと言うけど、本当に強い人はいつまでも過去のことを引きずらないと思うんだ」



だから私は自分の犯した罪を後悔する不二や英二、越前のことを許すし、佐野達のことだって、いつか本当に罪を償ってくれれば許すつもりでいる。これが私の決めた、私なりのケジメだ。
気がついたら、不二の頬には一筋だけ涙が伝っていた。ねえ、不二。あんたは私のことを綺麗だというけれど、私はあんたの今の涙の方がよっぽど綺麗に見えるよ。
英二が「杏里は強いにゃ。大好き」と猫のようにくっついてきたのを、私はくすぐったく感じた。
窓から外を見ると、全てのきっかけとなったあのテニスコート。見上げた空は、何処までも晴れ渡っていた。




ペチュニア
花言葉:変化

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