蒼の金魚 | ナノ
 


 色気の無いパンツ



玄関のドアを開けた瞬間、蝉の鳴き声が耳を劈いた。元気なものだな。それにしても相変わらず暑い。雨が降っているのでいつもとは違う、ジメジメとした嫌な暑さだ。さっさとサボテンを届けてクーラーの効いた自宅に戻ろう、そう思って結瀬さん宅のインターホンを押した。インターホンを押して数秒。中からガターン!バキィ!と尋常じゃない効果音が鳴り響き、それからドアが開いた。あれは何の音だったんだろうか。そして彼女はインターホンをそんなに使いたくないのか。誰だか確認してからドアを開けなよ。

「はいはいどなたでしょうっ。あ、不二さんじゃないですか!」
「こんにちは。この間のお詫びにプレゼント。はいどうぞ」
「え、良いんですかっ?やったあ!!あ、どーぞ上がって下さい!クーラー効いてますよっ」
「あ、大丈夫。すぐ帰るから」
「そう言わずに!ほらっ」
「っ!?」

有無を言わさずに結瀬さんは僕の腕を思いっきり引っ張った。だから不可抗力だと思う。反射神経は悪い方じゃないと思うけど、何しろ突然すぎた。上半身の体制を崩した僕は、結瀬さんの顔の横に両手をつくような形で倒れこんだ。結瀬さんの横を見ると、土が零れたサボテンの小鉢。何てことだ。

「サボテンがっ……!」
「え、私の心配よりサボテンの心配ですか」
「ちょっと君は黙ってて!」

急いで散らばった土を掻き集めて鉢に入れる。うん、折れてはいないから平気そうだ。良かった。大丈夫?痛くない?と声をかけていると後ろにいる結瀬さんが何やらブツブツ言っていた。

「いや本当さ一瞬のトキメキを返して下さいよ本当に壁ドンならぬ床ドンとか女の子の理想の境地じゃないですかしかもこんな顔が綺麗な方にされたらそれこそ私みたいな一般ピーポーはそれだけで恋に落ちるきっかけになるというか」
「ちょっと煩いよ結瀬さん」
「不二さんって顔だけは綺麗ですよね!性格最悪ですけど!」
「クス、喧嘩売ってるの?」

微笑いかけると結瀬さんはとんでもないですと首を振った。怯えているように見えるのはきっと気のせいだろう。直したサボテンを彼女に持たせて脱げかけた靴を履き直そうと屈む。すると、視界の端にあるものが映った。

「結瀬さんって水泳やってるの?」
「えっ、何でそれを」
「あれ」

リビングの中に干してある水着と洗濯物を指差すと彼女はぎゃあああっと叫びながらそれを見えないところに隠しに行った。騒がしいなあ。別にクマさんパンツなんて気にしないのに。戻ってきた結瀬さんの顔は真っ赤だった。

「ええええっと、それでなんの話でしたっけ」
「水泳、やってるの?」
「あ、えっとそうなんです!これでもかなり実力ある方なんですよっ、えへへ」

なるほど、だから小柄なわりには筋肉もかなりついているし肌も黒いのか。納得した。話を聞いていると、結瀬さんは5歳の時に水泳を本格的に始めたらしく、所謂英才教育という奴を受けていた。大学にもスポーツ推薦で入学して、今は水泳一筋の生活を送っているらしい。何だか中学の頃を思い出すなと微笑ましくなった。

「来週、大事な大会があるんです。それまでにもっと速く泳げるようにならないと」
「何処でやるの?」
「え?」
「その大会」
「S市の××競泳場ですけど……」
「ふーん。行っても良い?」

別に深い理由は無い。ただ、彼女を見ていると学生時代の自分を見ているようで懐かしくなった。同じスポーツマンとして、その勇姿を見たいと思っただけだ。なんて、自分も歳を取ったなあと思う。結瀬さんは数回ぱちくりと瞬きをした後、くしゃりと顔を崩した。

「不二さんが来て下さるなら頑張らなきゃですねっ!」

そう言った結瀬さんの表情が可愛かったなんて、本人には絶対に秘密だ。

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