蒼の金魚 | ナノ
 


 NOと言える日本人に



やっと長い会議が終わった。さあ帰ろうと荷物をまとめていると、若い男に手を出しまくっていると噂の女上司に飲みにいかないかと誘われた。柔らかく断っても「たまには息抜きも必要よ!」と譲らず意味を成さない。ああもう、早く帰ってティファニーの世話をしたいのに。第一、これが息抜きになるとは思えない。苦笑いで隣にいた同僚に目配せすると、「頑張れ、不二」と何処かへ行ってしまった。近藤め、あとでシバく。
結局断わりきれず、他にも何人か居ると言うので二人じゃないならと着いて行くことにした。付き合いっていうのもあるし、仕方がない。

「ごめん、俺行けなくなったから酒井先輩のご機嫌取りよろしく!」
「は?」
「ごめんね〜、私も急用が出来ちゃって」
「え、ちょっと待って野田も?」

裏切られた。一緒に行く筈だった二人は「よっ!色男!ふぁいてぃん!」とか言いながらそそくさと帰って行った。え、僕一人?そんな馬鹿な。僕にどうしろと。
酒井先輩に二人が行けなくなったことを伝えると、「あらそれは残念、じゃあ二人で行きましょうか」とさほど残念じゃなさそうに言った。全員が来れる日に改めてくれたりしないのがこの人らしい。仕事は出来るし俗に言う美人なのに、勿体無いなといつも思う。

「ほらぁ、不二君全然飲んでないじゃん〜っ」

しかも酔っ払うと面倒なのだからタチが悪い。店に着いてからもう何杯目になるか分からないビールを飲みながら、デロデロに出来上がった彼女は僕の首元に擦り寄ってくる。酒臭い。これ以上飲ませるわけにはいかないと思い、ぐずるのを無視して居酒屋を出た。

「先輩、帰りますよ」
「えーっ、まだ帰らない〜っ」

みっともないと思った。地面に座り込んで抱っことせがんでくる。流石にそこまでする義理はないのでとりあえず手を差し出して立ち上がらせた。すると今度は首に手を回し、上目遣いで見上げてくる。胸元がはだけているのは戦略なのだと分かっていた。ああもう、嫌気が刺す。

「ね、不二君かっこいーのに彼女いないんでしょ?私なんてどう?多分満足させてあげられるよ、そうゆうコトも」

気に入られているのは何となく気付いていた。こうゆうことに誘われるのも、この人が初めてなわけじゃない。実を言うと、幼馴染を亡くして自暴自棄になっていた頃は、そうゆう誘いにもすぐ乗ってたんだけど。今は、絶対にそんなこと出来ない。あの約束を裏切るようなことは。

「先輩にはもっと良い人がいますよ」

感情を隠すのは得意だ。相手を不快にさせないように、柔らかくそう言えば酒井先輩は膨れ面をする。

「不二君がいーの!今日だけでもいいから、ね?ほら、行こ」
「ちょっ、待って下さ、」

僕の手を引いた彼女が向かう先は、ホテル街。ちょっと、嘘でしょ。振り払っていいかな。でも機嫌損ねたら明日から仕事が面倒だし、あーもうどうしたら良いんだ。

「あれ、不二さん?」

本気で困っていたその時だった。つい最近覚えた声が聞こえて後ろを振り向くと、そこにいたのは一風変わったあの子。大きなエナメルバックを肩に掛けて、半袖短パンのスポーツウエアを着ている。サークルの帰りか何かだろうか。まあそんなことはどうでも良い。まさに神の救いだ。助かった。

「すず、わざわざ迎えに来てくれたの?危ないから良いって言ったのに」
「はい?」
「先輩すいません、彼女が来たので帰りますね。お気をつけて」
「えっ、ちょっ、不二君!」

頭の上にはてなマークを浮かべている結瀬さんの手を取り、足早にその場を去った。お互い無言。どうせ隣だし、このままマンションまで戻るか。

「あの、不二さん。私いつから不二さんの彼女になりましたっけ?」
「んー、まあ嘘も方便ってことで」
「色男は大変ですねえ」

利用した挙句巻き込んだことに怒るわけでもなく、可笑しそうに笑ったこの子をちょっと見直した。変人でも性格は悪くないらしい。
マンションに着くと、そういえば繋いだままだった手を離し、お互いに挨拶をしてそれぞれの部屋に戻った。今度お礼をしなくちゃだな。明日にでもサボテンを買いに行こう、なんて少し意地の悪いことを考えた。


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