蒼の金魚 | ナノ
 


 出来れば冷たいものが良かった



暑い。連日の猛暑で溶けてしまいそうなほどに体は参っていた。髪がじっとりと首のあたりに張り付く。それを鬱陶しく感じ、テーブルの上に放ってあったゴムで束ねた。少々適当だが、自分の家の中だ、気にすることはない。地球温暖化を考慮していたわけではないが、ずっとつけていなかったエアコンのスイッチを押した。流石に我慢の限界だ。設定は25℃、10分もすれば十分に室内は快適の空間と化すだろう。それまではアイスでも食べて凌ぐか、と気怠い体を起こし冷凍庫からアイスを取り出した。
それにしても暇である。どうゆう風の吹きまわしだか知らないが、今日は上司から久々に与えられた休日。暇を持て余して過ごすのは惜しいが、この炎天下の中、外に出る気にもなれない。本でも読もうか。いや、この間買ったやつは退屈すぎて途中で読むのをやめたんだった。それをまた読むのはちょっとなあ。
そうだ、最近ちゃんとティファニーの世話をしていなかった。え?ティファニーって誰だって?クス、僕の可愛いサボテンの名前だよ。毎朝の水やりは勿論忘れたりしないが、ちゃんと様子を見てやれていなかったのは事実。窓際にちょこんと置かれたサボテンに手を伸ばすと、視界の端に懐かしいものが映った。
幼い頃の自分と、今はもうこの世にはいない大切な人。写真の中の二人はこれでもかというほどの笑顔を浮かべていた。つい伸ばした手がそれに行き、気がついたら眺めていた。決して未練があるわけじゃない。そりゃあ、ついこの間までは未練たらたらだったけどさ。今は懐かしい思うだけ。それに約束したんだ、運命のいたずらによって出会ってしまった彼女と。「幸せになる」って。
写真立てに少し被った埃を払い、元の場所に戻した。さてティファニーの面倒を見なきゃと今度こそそれを手に取ったその時だった。

「ごめんくださーい!」

ドアの外から女の甲高い声が聴こえた。この階の住民は大体把握しているが、聴いたことのない声だ。そういえば空いていた隣室に、先日から業者が荷物運びをしていた。越してきた人が他の部屋の人に挨拶をしているのだろうか。そんなことを考えながらティファニーの世話を続ける。

「すいませーん!不二さーん!いらっしゃいませんかー!」
「………」

僕の部屋に用らしい。一つ疑問がある。自分が住んでいるマンションは決してボロくはないし、寧ろそれなりに良いものだと思う。つまり、カメラ付きインターホンたる優れものもついているわけだ。何故、ドアの向こうの彼女はそれを使わない?
ティファニーにちょっと待っててね、と声を掛けてからインターホンの受話器を取り、通話ボタンを押した。

「不二ですが、どちら様でしょう」
「あ、初めましてー!私、隣に引っ越してきました結瀬と申しますっ!ご挨拶に伺いましたー」
「わざわざどうも。今出ますね」

一応自分の服装を確認する。外に出れない格好ではないな、と念を押してからドアを開いた。ドアを開けた先に立っていたのは、少し日焼けしている童顔の女。ぱっと見たところ高校生のようだが、一人暮らしをするくらいなら年は二十代前半といったところだろうか。小柄な割に筋肉が程よくついていて、何かスポーツをやっているのだろうかと思った。

「あっ、こんにちは!改めまして隣に越してきました結瀬すずと申しますっ。これ美味しいものですが食べてください」
「……どうも。不二です、こちらこそよろしくお願いします」

彼女が差し出した包箱を受け取る。軽そうに見えたそれは持つとずしっ、と両腕に負担をかけた。何が入っているのだろう。そして「美味しいものですが」って何だろう。つまらないものですが、じゃないのか、普通。ギャグで言っているのだろうか、ツッコミをした方が良いのかと本気で考えたが彼女は至って真面目に話を続けた。

「いきなり押しかけてすいませんです、何か作業されていましたか?」
「あ、いや。ちょっと植物の世話をしていただけなのでお気になさらず」
「植物お好きなんですか!マメですねえ。何を育ててらっしゃるんですか?」
「植物っていってもサボテンだけですよ」

外はこんなにも蒸し暑いのによく喋る女だ。そう思いながら適当に質問に答えていると、結瀬さん?は怪訝な顔つきをした。いきなりどうしたというんだ。

「さっ、さぼてん……!?針飛ばしてきたりしないんですか!?」
「は?」
「だ、だってサボテンってなんか神秘的な感じするじゃないですか……!悪さしたらシュッ!って針飛んできてグサ!みたいな」
「クス、そんなわけないじゃないですか」

何を言っているんだろう、この子は。確かにサボテンには色々な神話があるが、それはあくまで作り話だ。現実世界と一緒にする馬鹿が何処にいる。おちょくっているのかとも思ったが、顔を真っ青にしながら「大丈夫なんですか!?気をつけてくださいね!」なんて迫ってくるからどうやらマジなようだ。君の方こそ思考回路大丈夫か。とゆうか、近くでみると結構可愛い、かもしれない。

「本当に気をつけてくださいよ、ついでに熱中症にも。それじゃ、まだ他の部屋の挨拶も残っているのでこれで。これから隣人同士よろしくお願いしますっ」
「こちらこそ。それじゃ失礼します」

営業用の笑顔を精一杯貼り付けてドアを閉めた。そのまま玄関で暫く立ち尽くす。最近の若い子はみんなあんなのばかりなのだろうか。中学時代のテニス部メンバーも十分な変人揃いだったけど、あそこまでじゃなかった。「ぶっ飛んでる」のレベルが違う。
あの子はやばいな、近寄らないようにしよう。そう決意してから貰った包箱を居間まで持って行き、包装紙を開いた。

「……?これは……」

そこには「激辛!鍋セット」の文字。辛いのは嬉しい。嬉しい、けど。

なんでこんなに暑いのに鍋なんだ。

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