睡蓮 | ナノ

涼やかな午後の
 






ふんわりとした陽気が気持ち良い午後だった。


とはいえ、早春の今は芯から身体を冷やす、と外に出る事は禁じられて居る。




傍には邸中のアイドルとになっている、生まれて間もない吾子たち。


スヤスヤと小さな音を立て健やかに眠るいといけな姿を見れば、いつでも頬が緩んでしまう。


勿論それは、私の膝に頭を乗せ寛ぐヒノエも同じみたい。




「赤ん坊って面白いね。ほら、指を寄せたら握って来るんだぜ?」



と、小さな指を弄びながら、可愛い寝息を立てるま双子を見つめていたから。


柔らかく小さな紅葉のような手のひら。
そこに指を乗せれば、ぎゅっと握り返してくれる子供達にヒノエの頬は緩みっぱなし。


それは進化の過程で未だに残る赤ちゃん独自の反射。
‥‥‥と言う無粋な事は言わず、私はただ笑う。









この幸せは、大切な人達に助けられたから迎えられた。
ヒノエに出会い、恋をし、嫁ぎ、子を授かって。

生まれるまでの間に何度か危機は訪れた。




「風花は何を考えているんだい?」

「ふふっ、何のことだと思う?」

「オレの事だろう?って言いたいけど、姫君はつれないね。他の事を考えるなんてさ」




ヒノエは寝転んだまま、少し眼の紅を翳らせて若干拗ねた素振りをする。
なんだか可愛くてくすりと笑えば、いつの間にか延ばされていた腕が後頭部を捉えてグッと引き寄せられた。



力に抵抗できずヒノエの胸に倒れ込んだ私に、短いキスをして。




「それで?オレに隠し事が出来ると思っているのかい?」



なんて、耳元で囁かれる吐息とともに。



「隠し事じゃないわ。今日は時間あるかなと思ったの」

「時間?」

「そう、昔話を聞く時間。覚えてる?」





双子が生まれてから、賑やかだけど忙しい毎日。
幸せだけれど、今日みたいに二人でゆっくり出来る時間が少なかったのも事実。

水軍の頭領として、別当として、ヒノエもまた忙しい人だから。




「勿論。いつか話すと約束しただろ?」

「そうよ。聞かせて」

「そんな可愛い顔で頼まれて、嫌と言える男は居ないね」



顔を覗き込んでお願いすると、ヒノエが是と頷いてくれた。








……ヒノエの唇から、艶めいた声で紡がれる。

それは不思議なお話。


小さな小さな、恋の話………

































「……いってぇ…」


あまりの痛みに涙を拭う。
背中と腰、足に渡って襲って衝撃と痛み、それにどすっと言う音などから、落下したのだろう。

幾ら幼い自分でも、少し考えれば理解できる。

どうやら高いところから落ちたらしいと。

ただ解せないのは、何故自分は落ちたのかということ。
…眠っていた筈、なのに。



腰をさすりながら辺りを窺えば、見慣れている風景に心底安堵を覚えた。



隣には、父や叔父の眼を盗んでいつも登っている、お気に入りの神木。




「しっかし、なんでオレここに…?」

「ヒノエ、こんな所で何をしてるの?」

「は?」



背後から掛けられた声が、ヒノエを呼ぶ。


聞き返したのは、不思議そうに問われたその声。
声の高さや言葉遣いから自分とそう変わらない少女のものだと分かる。






けれどそれは、全く聞き覚えが無い。







振り仰いだ視線の先。
やはり同じ年の頃の少女がこちらを見下ろしていた。

ヒノエの様子を見遣り、得心がいったように今度は頭上を見上げている。



「落ちたんだ?木の上で昼寝するからだって、弁慶に叱られたばかりなのに」

「おちてねぇっ!って、アンタだれだよ!?」

「は?」




思い切り眼を見開いて固まっている少女。
その予想外の反応にヒノエも固まる。

知り合いか?否、見たことも無い。
けれど向こうは自分を知っている。

それだけではない。
弁慶の名を出し、彼の言いそうな事をこちらに振ってくるということは、弁慶とも顔見知りということか。



…こいつは、誰、だ。


その答えは二人の声を聞きつけてやってきた、第三者によって与えられた。




「浅水。ヒノエが叫んでいたが、どうかしたのだろうか?」

「あ、敦盛」

「はぁ?敦盛!?」

「…あ、ああ…?」




普通に名を呼ばれるのと、吃驚して呼ばれるのと。
なぜヒノエに驚かれているのか、と驚きながら律儀に頷くのは、幼馴染の少年。



「いいところにきた!敦盛、こいつだれかわかるかっ?」

「こいつ…とは……?ヒノエ、浅水だが」

「木から落ちた上に記憶喪失にでもなった?」

「…木から?弁慶どのに見てもらったほうがいいかもしれない」

「弁慶は今朝、京に行ったよ」



「……浅水……?」




頭をどう捻っても、必死に記憶を手繰り寄せても、全く心当たりが無い。
この少女に会った事もないし、ましてや浅水という名前も初めて聞いた。

幼馴染みと言える童は敦盛の他にも何人か居る。
殆どが里の子で、なかなか遊ぶことが叶わなかったりするが。
今のように本宮の境内で遊べるのは、滅多に外に出てくれない敦盛くらいのものだ。
読書好きな彼を外に誘うのはそれなりに苦労もするが。



「敦盛。二人同時に見つかったんだけど、もう隠れ鬼はいいよね?」

「あ、ああ。ヒノエが木からおちたなら、もどろうか」




その筈なのに、浅水と呼ばれた少女は敦盛とも親しいらしい。
人見知りをする彼が、ヒノエと同じ位に打ち解けているのだから。




「……アンタ………ほんとに、だれだ?」

「浅水だよ」



まだ座り込んだまま呆然と問えば、浅水は肩を竦めた。
その眼に浮かぶのは心配そうな光。














ああ、そうか。

これはきっと夢の中だ。
















深く考えることを放棄する。
そんな風にあっさり納得出来たのは、ヒノエがまだ子供だったからだろう。




「…浅水、敦盛!もういちど『かくれおに』しようぜ」

「ちょっ、どっか打ったんなら動いちゃ駄目だよ」

「いちどやしきにもどらなくては…」

「もうへいきだって!」





夢ならば、遊ぶ時間が限られている。

いつも敦盛と二人だから、三人で隠れ鬼が出来る機会なんてもう、訪れないかもしれない。






だったら、思う存分遊ぼう。




戸惑う二人の手を、握って走り出した。


 









 
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