双子 | ナノ
邂逅
 










それは瞬きの間に起こった。








一瞬の白光










瞬きの間に、ヒノトの自室から景色が変わった。

眼を瞑る前と変わらないのは舌打ちしそうなヒノトの表情と、咄嗟に彼の肩に触れた手の位置。










だとすれば、考えられることはひとつだけ。















一華の脳裏に浮かぶのはあの日の


………近くて遠い、彼らの面影。
























「……ヒノト?」

「うっ」




此処は紛れもなく熊野。

大地を覆う神気は、生まれる前から馴染み深く愛しいもの。
熊野権現の気を、よもや自分達が間違うはずは無い。





「説明して下さるかしら」







はらりと、肩に触れるか否かの黒髪を払い、笑うは楚々とした乙女。


柔和な印象を与える姿を見れば、一様に思う筈。
怒る、という感情を有した事などないのでは、と。

しかし対峙する青年は、冷や汗を掻く。



「あー……待て、一華。今説明するって」

「……」


柔らかに笑いながら妙な圧迫感を与える女と、正面に立ちやや引き気味な男。
浮かぶ表情や性別の違いがあれど、何処となく共通点が見られた。



「……あいつらの顔でも見に行ってやるかと思ってさ」

「それで逆鱗を持ち出したのですか」

「あぁ。ま、いきなり此処に来るとは思っても見なかったけどね」

「……確かに。あの時、ヒノトにしては些か慌てていましたもの」

「まぁね。一華が後尾けてんのも知ってたからさ、まだ使う気はなかったんだぜ?」




…気付かれていたか、と内心舌を出す。


まだ歳若いとは言え、流石は敬愛する頭領の血を引くだけのことはある。

気配を絶つ事を得手とする自分。
今回も彼の様子に少し不審を抱いて背後を尾行していたが。
それに気付かれていたとは思っていなかった。






「……巻き込んで悪かった」






ふと、先程までは打って変わった真摯な声音。


熊野の男は、女性を大切にする。
それは時期頭領であるヒノトに取っても例外ではない。
彼にとって、女はすべからく護られるべき存在。


……それに。
それに、巻き込んだのは自分の対である一華。
彼女と母は、彼の中では別格なのだから。

ヒノトの思いが伝わったのか、いつもなら恐ろしく遠回しな嫌味の一つや二つや三つや四つ、を贈ってくる一華が今は自然に微笑う。



「悪いのは私も同じです。父上には一緒にお咎めを受けましょう……後で」

「了解」



今は目の前の事を解決せねば。
言葉の端に滲む忠告に、ヒノトは短く返す。




「……と、言う訳で待たせたな」

「貴方達に危害を与えるつもりはありませんわ」




二人が揃って視線を向けた先は、生い茂る草の中。
ガサ、と音を立てた其処から更に警戒が強められた。

投げ掛けられる剥き出しの感情と更に小さな好奇心から、相手は子供だと判断できる。
気配を殺す事に長けた者ではないと。


子供だとすれば恐がらせてはいけない。


普通ならここは、警戒心が解れるまで気長に待った方が良いだろう。


けれど、一華は目配せをする。


穏やかで優しげな外見。
それとはまた違った一面を持つ。
必要であれば何時までも待てるが、不必要に待つことを好まない。
今回は待つだけ無用、と言った所か。

そんな一華の視線の意を理解し、ヒノトはふぅと溜め息を吐いた。



「お前達は迷子だろ?………大丈夫だ。オレ達がちゃんと家まで帰してやるから」




ガサガサと更に大きな音を立て、遠慮なく草の中に手を伸ばす。

警戒心を解し、立ち往生の理由を聞き出し、安心させる。
その手順を綺麗に省略し、草むらの中から手を引いた。



現れたのは、二人の子供。
見た処は五、六歳…もしくは七歳頃か。
二人とも上質な衣を身に纏っている。
そして、丁寧に櫛が通っていると思わしき髪は光に反射し綺麗な輪を作っている。
即ち栄養状態が良いと言うこと。

少なくとも裕福な家庭の子であることは間違いない。






……が、何よりも。
明らかに記憶を刺激する容貌に、ヒノトは驚いた。






「…あ、あねうえ!」





きらりと、射抜く眼でこちらを見据える茶色の髪をした女の子。
姉上、と呼んだのは赤い髪の男の子で、盾になろうと身を割り込ませてくる。




流石の一華も、これには驚いたらしい。






ヒノトに向ける表情は、鏡に映したかのように同じモノだった。





「………だよな」

「………ええ」




こんな時、言葉は不要。
以心伝心な半身を少し怨めしく思った。




「ちょっと!わたしはだいじょうぶだから!うしろにかくれてなさい!」

「いや、です。ちちうえとやくそくしたんです。あねうえをおまもりすると」




一生懸命、姉に言い聞かせる弟の髪は、赤。
それは自分達と相違無い色。
それもその筈。
理由を知れば当たり前なのだから。




「でもわたしがおねえさんなのよ?」

「ですがあねうえはじょせいで、わたしはおとこです!」

「でもあなたは……こ、ここのたいせつなひとなんだから、わたしがまもるの!」

「ですがあねうえは、わたしのたいせつなひとですから!」



此処の大切な…で区切られる前、女の子が言おうとしたのは、「熊野の」だろう。
貴方は熊野にとってたいせつな存在だ、と。
それを言い直したのは、彼女の中の警戒心から。

自分と、弟の価値をきちんと把握している故。




ヒノトは密かに感心しながら、自分の幼少の頃もそうだったであろうか、と回想に走りかけた。




「同じ頃のヒノトよりも聡明でしょうね」

「……まだ何も言ってねぇけど」

「貴方は分かりやすいんですもの」




一華はそう呟き晴れやかに笑った。

仕方ないとは言え、互いに表情の些細な変化から思考を把握してしまうのは、時々面倒だと思ってしまう。
世間の双子とは皆、自分達と同じなのだろうか。

するとその心を読んだように、あるいは当然のこととして、一華が話を逸らす。






「こちらに飛ばされたのは想定していたけれど、時間がずれてしまったのは驚きました」

「ま、それも何とかなんだろ?こいつらが居るんだし」

「確かに、二人の両親に会わなければ話が進みませんものね」

「あっちもオレ達見りゃ一発だろうしな」






木漏れ陽がヒノトの頬を照らすのを見ながら、一華は溜め息を吐いた。

ちらりと見遣ると既に決着が着いたのか。
小さな姉弟は興味深く、けれどほんの少しの警戒心は残してこちらを見上げていた。

両親と知り合いらしい発言の、真偽を図っているらしい。



「ヒノト?くれぐれも父上と母上の大切な方だと忘れないで」

「お前もな。くれぐれも親父との違いを見つける遊びなんてするなよ?」

「……………ええ」





保障は出来ないからわざと間を空け、身を屈めた。
ヒノトの物言いたげな視線は無視して可愛らしい二人の頭をそっと撫でる。





彼らは、正にヒノトが会いに行こうとした人物達。

不思議な出会いと体験から絆を深めた彼らは、思っていた姿とは違っていた。

だが、これも何かの縁。







一華は父方の叔父に瓜二つ、と評される柔らかな微笑を浮かべた。







「……初めまして、になるわね。翅羽、カノエ」









何処かで聞いた「初めまして」の挨拶。

聞くなり強張ったヒノトはやはり放置して、一華は驚く二人……翅羽とカノエの姉弟にまた笑いかけた。







 
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