弦月の狭間 | ナノ
翼鏡
 




この運命はきっと、これで終わりじゃない。

人が思うよりきっと、結びついた縁は深い。



もし浅いのなら……深く、結び付けたいと願った。
















真っ白な世界。

夢の中にいる。



そう、これは夢。
かつて譲から聞いたような夢見の力など持たない私。
けれどこれがただの夢ではない事を確信している。


それはこの場を満たす、清らかな力を感じているから。
最近の出来事の中で何度も身に受けた、熊野権現の加護の力。



そして、核心に至った材料はもう一つ。



目の前に現れた人物は会った事のない、けれど浅からぬ繋がりを持つ人だから。





「初めまして、だね。風花」



にっこりと微笑むのは、私と同じ年齢位の女性。
肩に届かない程の髪はこの時代の、と言うよりはあちらの世界のものと言うべきか。



「…貴女は…もしかして浅水、かしら?」

「そう。あなたと、あなたのヒノエに助けてもらった浅水」



浅水さん、と呼ぶべきか一瞬躊躇った。
けれどそうすれば本音で語れない気がして、止めた。

きっと彼女もそんなことを望んでいない筈。



「…じゃぁ、本当に成功したのね。良かった」



カノエの存在から、全てが終わったことは知っている。
それでも、こうして元気そうな姿を見れば安堵の度合いが変わるもの。



「ありがとう。あなたたちがいなかったら、今頃私はこの場にいなかったわ。本当に、感謝しても感謝しきれない」



丁寧にお礼を言われると、却って戸惑ってしまう。

素直な浅水の言葉が嬉しい。

けれど、何処かで彼女は自分を責めている気がした。




…自分の所為でヒノエを危険な目にあわせてしまった、と。



私が彼女の立場なら、同じ様に思うだろう。




「お礼なんていいの。私達は貴女がヒノエの大切な人だから助けただけ」

「それをありがたいと思ってるんだけど、お礼すら言わせてくれないなんて、ずるくない?」

「あら、普通のやり取りなんて面白くないでしょう?それをご希望なら合わせるけど」




我ながら人の悪い笑みを浮かべているのだと思う。
その証拠に「さすが、別当家に嫁いだだけはあるね。随分といい性格してるわ」と肩を竦められたから。

けれど、こんな風に間髪を入れず返してくる浅水も同類だと気付いていないみたい。




至極和やかに会話が進むのは、この場にヒノエがいないからだろうか。
彼がいればきっと茶々を入れたりする筈だもの。






そうして再び彼女を見る。


纏う衣装は、一度だけ出逢った、あの不思議な少女のものと大差ない。

浅水自身を纏う清らかな神気も良く似ている。

私にも感じるほどに、流れる清水のように心地好い熊野権現の加護を纏っているのに。
本人は何も感じないらしい。



「清らか、ね。生憎、今の私には何も感じられない。巫女姫だなんて、そんなたいそうな物じゃないわ。あなたの言うとおり、ただの浅水よ」

「ただの浅水だから、良かったと思ったの。解って貰えるかしら?」

「あぁ、そういういこと。でも、私もあなたに会ってみたかったから、おあいこ、かな」

「ふふっ、おあいこね」




もう一人のヒノエが愛した人。
それが浅水で良かったと。

様々な思いを籠めて言えば、彼女は納得してくれたらしい。





「さて、お礼がダメなら何ならさせてくれるのかしら?」








…来た。









「何を…ね。じゃぁ一つだけ、お願いを聞いてくれる?」



お願い?と小首を傾げる仕草。
彼女は私からの「お願い」が全く思い当たらないらしい。




内心でくすりと笑いそれを口にする。

途端、聞いた浅水は完全に絶句した。





「春に生まれてくる予定なの。ヒノエとも言っていたのよ。もし貴女達に会えたらなって貰おうか、って」





……私達は強かなのだろう。



忘れないように、色褪せない様に
確かな絆を望むほどに。





「信じられない。会う時期を間違えたかしら。よりにもよって、名付け親なんて」

「さぁ、どうかしら?熊野権現の粋な計らいかもね」

「粋な計らい、ね。私に対する嫌がらせの間違いじゃないの」




物凄く、それはもう心底不本意な表情に危うく噴き出しそうになる。






触ってもいいかと問われ笑って頷けば、壊れ物のように腹部に触れる白い両手。
それからそっと、当ててきた額の優しさ。



「……感じる?」

「ええ、感じるわ。いい子たちね」

「たち?浅水にも判るの?」

「ふふ、ここは熊野権現のテリトリーだからね。やろうと思えば、私の力も使えるみたい」



彼女の生きている世界は此処とは違い、神気の類は酷く弱いと以前聞いた。
それは即ち私の生まれた世界と平行している。
聞いたのはどちらのヒノエからだったのだろうか。
その時は成る程と頷いたのを覚えている。

文明の栄えたあの世界は、ずっと神と人が遠いのだから。




胎動を感じたのはその時。
子供達が、彼女を気に入ったと言わんばかりにごろごろと動く。
途端優しく瞳を緩めた彼女に、最後の一押しとばかりにもう一度頼べば、返ってきたのは柔らかな笑顔。




「いいわ。ヒノエが火の兄だから……息子はその弟で火の弟、ヒノト。娘は一輪の鮮やかな華のように、その場にいるだけで人を魅了するみたいだから……一華なんてどう?」





何となく双子で、しかも男女ではないかと思っていた。

それは母の勘としか言えない、曖昧なもの。
確証はないものの確信めいた考えだったそれが、浅水の言葉を持って初めて裏付けされたといえる。




火の弟と、一輪の華。


熊野権現の神子から名付けられたと同時に、聖なる祝福を受けたも同様。


名前は強力な呪。
新たな縁を結ぶ為の。




「ヒノトに、一華……素敵ね。気に入ったわ、ありがとう」

「気に入ってもらえたなら何よりだわ。それに……数奇な巡り会わせ、ね」

「本当、数奇な巡り合わせよね。ある筈の無い出会いだもの」




幸いにも、熊野と縁深い私達は出逢った。
それを数奇な巡り合わせだと位置づけるのも分かる。



辺りが仄かに光り始める中、浅水はくすりと笑った。




「それだけじゃないんだけどね」

「それだけじゃない?」



光が、夢の終焉を告げる。

輪郭が急速に薄れてゆく中で、真っ直ぐに重なる視線。








「風花、覚えておいて。一度目は偶然、二度目は必然。三度目は……運命、だよ」




「三度目は……運命?浅水、それってどういう…」



意味?

問いたかったのに、閉ざされる思考の所為で、最後まで続けられなかった。























薄らと開いた瞼に差し込む陽光が、朝の訪れを訴えていた。

先程の出来事は細部まではっきり覚えている。
やはり、あれは普通の夢じゃなかった。


起き上がろうとしたけれど。
腰と頭に回された腕を動かせば、ヒノエまで起こしてしまいそうで忍びない。



ゆったりと流れる時間の中。
じっとしたまま、浅水との会話を反芻してみる。
そうでもしなければ、また眠りの世界へと引き戻されそうだったから。




「三度目は……運命」





この言葉を聞いたのは、二度目。
浅水の前に教えてくれたのは、彼女の恋人から。



意味を教えて欲しかったのに。

狙ったようなタイミングで逢瀬が終わってしまった。
我ながら子供みたいだと思いつつ、つい頬が膨れてしまう。




「…感謝は尽きないけど、少し意地悪だわ」

「ん?何が意地悪なんだい?」

「え?」




不意に声が聞こえた。
同時に、回された腕に力が籠もる。

眼を上げれば、二つの紅が私を映して悪戯な光を浮かべていた。



「起きていたのね?」

「風花が目覚める少し前にね。さぁ、愛しい姫君の胸を占める名を聞かせなよ。嫉妬で狂ってしまう前に」

「そうね……どうしようかしら?」




悪戯に笑い返して見せると、更に腕が強く拘束してくる。

かと言って優しい彼のこと。
強いのは頭を胸に押し付ける力だけで、腰の腕は労るもの。



「へぇ。オレをはぐらかせるとでも?」

「冗談よ。熊野権現の意地悪って言えば、護って貰えなくなる?」

「熊野権現?……いや、そんな事で加護は無くならないさ。お前は新しい神の娘、だぜ?」



流石にその名が出るとは思っていなかったらしい。
僅かに瞠目したヒノエに、夢の話をしようと口を開きかけて、止める。



いつも、私より数手先を見ている彼を、ほんの少しだけ焦らしてみたくなった。





「子供の名前はヒノトと一華でいいでしょう?」




けれど、流石は熊野別当。
たった一言で全てを理解してしまう。



「……そうか。お前が会うとはね」

「ええ、そうよ」

「ちなみに教えてくれるかい?風花の前に現れたのは、姫君?それとも野郎の方か」



言いながら覗き込んでくる、煌く紅。
朝の光を受けて一層増す艶に、背筋が甘く疼いた。

一瞬だけ触れた唇。

そして頭を抱えていた手が降りてきて、私の頬をゆっくりと撫でた。



「もし野郎なら、妬いてしまうけど」

「…妬くだけ?何もしないの?」

「さぁ…試してみる?」




答えを紡ぐ前に塞がれた唇は、ヒノエの温もりに溶けそうになる。



長い長いキスの後に、全て話そう。











何年か経って、再び話をする時の練習になるといい。

此処に居ない大切な人に、名付けられた子供達に。









短くて長い、不思議な物語の初めは、きっとこう。















『一度目は、偶然

二度目は、必然



そして、三度目は………』



















 

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