「七夕、かあ」 「んだよ」 「いやあ、もうすぐ七夕なんだって思うと、なんかワクワクして」 「…………ほんっと、子供だよなお前」 「あっなにそれひどい!」 ぷくうっ、と頬を膨らませ、夕焼けのオレンジで染まる道を、二人は歩く。長く長く伸びた影は、一ヶ所で繋がっていて。 「ああ、雨が降りそうだなあ」 「どうした天馬」 「いや、七夕の日、また雨が降りそうだなって」 「はあ?こんなに晴れてるのにか」 「うん」 ぴょん、ぴょんとオレンジに染まる道の上で跳ねながら、天馬は笑う。雨が降りそうだと言ってる割には随分と楽しそうで、剣城は疑問に思った。 「なあ、天馬」 「なあに、剣城」 「七夕に雨が降るなんて言っといて、お前はなんでそんなに楽しそうなんだ」 普通はがっかりするんじゃないのか、と呆れたように問えば天馬は、しかし、ゆうるりと首を振り、逆に問い返した。 「ねえ、知ってる?七夕の日の雨って、織姫星と彦星が互いに逢えずに流す涙って言われてるけど、反対の意味もあるんだって」 「はあ?どーいう意味だよ」 質問の意図が判りかね、知らず顔が険しくなる。そんな剣城に天馬は笑って、「あはは、そんなに難しく考えなくていいよ」と、人差し指で彼の眉間のシワをほぐすように触った。 「つまりさ、互いに逢えて嬉しいから流すんだって、涙」 「んな話聞いたことねーぞ」 「だよねー。でも、そっちの方がいいと思わない?」 透き通るような笑みを浮かべ、天馬は笑う。 「あ、ああ………まあ、確かにそうだろうが…」 「今回もやっぱり雨かー…やれやれ、お姫様は泣き虫でいけないなあ」 「?天馬、お前何言って、」 「ごめんね剣城、明日一緒にサッカーやろうって話してたけど、できなくなっちゃった」 良かったら、剣城も願い事書いてみなよ。きっと、叶うかもよ?そう言われて押し付けられた黄色の短冊を片手に、駆け去って行く天馬の姿を、剣城はじっと見送った。 「なあ、兄さん」 「どうした、京介」 「……俺、さ、一体何を書けばいいんだろう、願い事」 「ん?京介が七夕の日に願い事かい?驚いたなあ、まさかお前がそんな……」 「いや、違うから!これは天馬のやつに無理やり押し付けられただけだから!」 これ、適当に書くべきか?でも、叶うかもって言われたしな、と散々悩む彼に、優しい笑みを浮かべた優一は、くしゃっとその頭を撫でた。 「兄さん?」 「お前が本当に願う事を書いたらいいよ。それはお前のものだから。叶うにしろ、叶わないにしろ、ね」 「……兄さん……分かっ、た」 まるで己が書こうとした願いを読み取ったかのように、優一に釘を刺され、剣城は書こうとしたペンを置く。じっと、貰ったという黄色い短冊を、腕を組んで睨みながら考える弟を、優一はふふっと笑って見守っていた。 そして、七夕当日の、夜。 「さあ、天馬。準備はいい?」 「うー、やっぱり緊張するよお……」 「そんな事言わない!大体せっかくあの役目を推薦されたのに、ほっぽりだしてこの仕事に着いたのは君なんだよ?」 「うう、分かってるってば、フェイ〜…」 じとっ、とした目で雪の様な白をベースとした五色の着物を纏う少年が見上げた先には、これまた白銀の衣装を纏った薄緑の髪の毛の少年がいた。フェイと呼ばれた少年は、「それでも、緊張するものは緊張するんだよ!」とぷくっと頬を膨らます天馬に苦笑し、そっと頭を撫でてやる。 「全く、天馬ったら……」 「本当にねえ。ほら天馬、いつもの元気はどうしたの。そんな所でもじもじしてないで、早く行こうよ!」 ガバッと急に天馬に抱きついてきたのは、黄金色の服を身に纏った、オレンジ色の髪の少年。 「うわっ、ちょ、危ないよ太陽!?」 「あはは、なんか天馬が緊張して元気ないみたいだから抱きついてみた!」 「相変わらずスキンシップ激しいね……」 「フェイもやる?」 「遠慮しとくよ!」 あははは、と笑うフェイに、一人だけ逃げたな!と拗ねる天馬。しかしまんざらでもないようで、太陽に背中を預けた。 「本当に大丈夫?ただでさえ天馬っておっちょこちょいなのに、星祭りの祭司なんて……」 「まあ、またなんかやらかしそうだよね」 「ふっ、二人ともひどい!俺だって、やる時はちゃんとやるよ!?」 「あーはいはいそうだね天馬ってば本番は強いもんね」 「でも土壇場で何かしらやらかすよね」 「いや、やらかしてないから!」 ぎゃーぎゃーひとしきり騒いだ後、「…………ありがと、二人とも」と、にっこり笑う。 「祭司様のお役にたてて光栄です」 「あっ、それ絶対バカにしてるんだろ!?ちょっと太陽!」 「あはっ、バレた?」 「バレたも何も、最初から分かるよねえ」 「おい、フェイー!」 「祭司様、そして太陽と月の方。時間です、祭壇の方へお越し下さい」 その一声で、その場の砕けた空気は引き締まり、どこか緊張感が漂う。しかし太陽は、その名の通り暖かい笑みを浮かべ、「まあ、気楽にやって来い!」と天馬の背中を押し出した。 「おわ、っとと…………うん!」 星祭り。それは、空の上で執り行われる、地上の民と星の民の願いを、天帝へと届ける儀式。世界の出来事を伝える伝令役とは違い、年に一度、人々の想いを昇華し、光へと変える。そんなこの儀式の祭司が天馬なのだ。 天の川の彼方と此方を結ぶ鵲の様に、天空と地上を結ぶ、そんな重要な役割である。 金の太陽と銀の月が後ろで見守る中、五色の篝火が焚かれ、その中心で白鳥は祝詞を詠唱し、掬う様に掲げた両手に、光が生まれる。 「さあ、人々の願いよ、光になって、…………天まで届け!」 その瞬間、手のひらの光ははじけ、天へと舞い上がる。それと同時に、空からも、地上からも光が溢れ、一斉に上へと向かう。空に住む星の民の願いは、祈りを捧げる彼ら自身の体から光となって飛び出し、その遥か下に住まう地上の民の願いは、光と化した短冊が、天を目指して舞い上がる。いつ見ても幻想的なその光景は、天馬の背後にいる二人に感嘆の溜息をもたらした。 「……やっぱり、いつ見ても凄いね、星祭りは」 「……うん、やっぱり天馬は凄いね、ここまで綺麗な光は、天馬以外の祭司じゃ見たことないよ」 自分らの周りを飛び交う光に触れながら、二人は微笑み合う。普段は太陽として月として、あまり顔を合わせる事はないが、どちらも天馬を愛しく思っていることに変わりはないのだ。 「ふうん、どうやら川の守人も、今日は空気を読んだみたいだね。雨が降ってないし」 「ああ、いっつも究極究極うるさいのに、今日はやたら静かだよね」 「シュウがいるのかな?」 「そうかもしんないね!」 そんな会話を交わす月と太陽に、星の守人達はくすくすと笑う。背後から聞こえてくるそんな会話に苦笑しながらも、天馬は光の一つ一つに触れ、その想いを読み取っていく。 (あ、) その時触れたのは、どこか見覚えのある黄色で。その光に触れた瞬間、思わず笑みが零れてしまう。 (ふふっ、剣城ったら。でもまあ、剣城らしい願いだよね、これは) ちゅ、とその光に口づけを落とすと、大切に天へと送り出す。その願いは舞い上がり、他の光達と同じ様に、天の方へ吸い込まれて消えていった。 「今年も、綺麗な光たちだねえ。織姫星も彦星も喜んでると思わない?」 「ん、そうだな」 じっと儀式を見守る、星の守人の内の二人。一人はふかふかの襟巻に顔をうずめ、薄いピンクの髪を揺らした。 「地上の民は死ぬと土に還るけど、俺達星の民は星になる。星となって夜空に光り輝きながら、人々を見守る、か……兄ちゃん、俺達が星になったら、どんな光を出すんだろうな?」 「さあねえ、それはその時になってみないと分かんないよ」 そう言って、兄らしい双子の片割れは、薄い水色の髪を揺らし、空を仰いだ。頭上には満天の星々が輝き、一際明るく煌めく二つの星に手を伸ばす。 「伝説のあの二人は亡くなって、星になっちゃったけど……あんなに綺麗な光を放つんなら、死んでもいいって思っちゃうよね」 「兄ちゃん、縁起でもないこと言わないでくれよ……」 「あははっ、ごめんごめん」 今だ色とりどりの輝きは舞う。 「ねえ、剣城」 七夕から一夜明けた翌日。サッカーボールを蹴り合いながら、天馬は、微笑む。 「あ?何だよ」 バシッと剣城が蹴ったボールを難なく受け止め、返す。 「お前の願い、確かに受け取ったよ」 「は?…………はああ!?」 思わぬ言葉を投げられ、衝撃で固まる剣城の横を、ボールが抜けていく。「おーい、ボール行っちゃったよー?」と首を傾げる天馬に構わず、読まれたという恥ずかしさから一気に真っ赤になった顔を隠した。 「剣城?」 「おまっ、バッ、バカか、あれ見たのかよ!?」 「うんまあ、もちろん?」 「何で見るんだよ!!くっそ、だから子供みたいで嫌だったんだ!」 「えっ、一応短冊渡したんだし、見る権利はあると思って……まあ、ああ言ったけど、まさか剣城が素直に書いてくれるとは思わなかったよ」 「おまっ、ちょ、バカやろう!忘れろ、今すぐ忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」 「えっ無理ー!一度見ちゃったら忘れませんよー、だ」 「おぉぉぉぉぉまぁぁぁぁぁえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 剣城は真っ赤な顔で追いかけるが、ひらりひらりとかわされ天馬はなかなか捕まらない。そんな彼らを優一は、優しく微笑みながら見ていた。 STAR GAZER (兄さんと天馬と、ずっと一緒にいられますように)ペガサス天馬にしようとしたら、何故かキグナス天馬になっちゃいました。 思いっきり趣味全開なファンタジーになっちゃったけど、後悔はしない。← 2012/07/07up prev|top|next |