竜のはなし 遠い昔、神と呼ばれた竜がいた。 王者の証である金色の光を身に纏い、夕暮れの日の色と、燃えるように深い真紅の色をした竜だった。 人々は、その神々しさから、いつしか神話における太陽神の名、ヘリオスやアポロ等と呼ぶようになった。 その竜がその蒼い瞳から流した涙はこぼれ落ちて雫となり、雨となって地上の生命を潤すという。遥かに永い時が経ち、そんな伝説が語り継がれるようになった。実際にその竜を見た者はいない。 さて、今ここに、一人の少年がいる。オレンジの髪をし、抜けるように青い空を宿した瞳を持つその少年の名は―――雨宮太陽といった。 「太陽ー!」 「どうしたの、天馬ー?」 「見てみて!きれいでしょ、これ俺が作ったんだぜ!」 「わあ、凄いよ天馬!ほんと器用だね……」 「えへへ……でも俺、これくらいしかできないから」 手のひらにのったガラス細工をころん、と転がしながら天馬は笑う。彼は、生まれた時から親はおらず、村の外れのこぢんまりとした家屋に一人、ガラス細工を売って生活していた。 「でもさあ、天馬って運動神経いいんだからもっと別な事できそうな気がするけど」 「じょーだん!無理だって俺矢を射るのだって下手くそなんだし!」 だからお前は兵士として都に送られることもないね、ってほっとしてたよ!と呑気に笑う天馬に、ふふっと相槌をうつ。 「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らなきゃ、秋さん心配するよ?」 「えー、俺もうちょっと太陽と話してたいー」 「大丈夫、明日もちゃんと僕はいるから。またおいでよ」 「うん!約束だよー!」 そして手を振り振り、天馬の姿は遠ざかる。それを愛しそうに見送る太陽だった。 「何故ですかっ!?」 ダァン、と机に拳を叩きつけるような音がして、天馬はビクッと目を開けた。 「何故、天馬がそんなものに!?」 「落ち着け。これは全てお上の意志だ、わしらにはどうすることもできん」 「だからって……!!どうしてよりによってあの子なの……!?」 「残酷だが仕方がない……これも定めであろう……」 段々と落ちてくる瞼、眠気に遂に勝てなくなった天馬の意識はそこで途絶えた。 「天馬、起きなさい」 いつもと違う硬い声に、天馬は慌てて目を開けた。 「どうしたの、秋ねぇ」 「これから、あなたにとって大事な話があるの」 そう言われ、急いで身仕度をして村長の家に駆けつけると、そこにはまるで結婚式に花嫁、花婿が乗るかのような、立派な隊列があった。嫌な予感が止まらない。 「あなたには、贄となってもらいます」 そこには、神と呼ばれる竜がいた。 聖なる証である銀の光を身に纏い、薄暗い夜明けの色と、夜の闇のような漆黒を宿した、竜であった。 人々はその姿に畏怖を抱き、我らを護れ、と願った。 その竜は了承する代わり、供物を出せと要求した。滅ぼされるくらいなら、と時の王は差し出した。時には宝石、時には食料、時には人…… 贄とされた人々の行方は、未だ知られていない。 そんな、この夜に棲む竜の名は、ニュクスと言った。 「本当にいいの?今ならまだ間に合うわよ?」 今、こっそりと逃げ出せば、天馬は贄とならずに済む。誰が好んで行かせたがるだろうか。心配そうな秋に、無理やり微笑んでみせた。 「大丈夫だって、村に迷惑かける訳にはいかないでしょ?こんな身寄りのない俺に親切にしてくれたし。今度は俺が返す番だよ」 絶対、生きて帰ってくるから。そう言って笑う天馬の拳は、微かに震えていた。 「天馬……」 「でも、太陽に会えなくなっちゃうのは、悲しい、なあ。今日、もっともっと、きれいにできたこのガラス、持ってくつもりだったのに」 そう言って大切な思いを込めたガラス細工を握りしめ、天馬は、何のためらいもなく、馬車に乗り込んだ。 従兄弟の旅立ちを見送る秋には、きらびやかなそれが、死へと向かう葬列の様にしか見えなかった。 「…………お前が、今宵の贄か」 「………そう言うあなたは、誰?」 この国を守護する竜が居る間へと続く扉の前に立ちふさがる男に首を傾げる。見たところ、騎士のようである。 男は、その満月の様な目を細め、睨む。 まるで品定めをするかのような視線に耐えられず、自分から目を逸らした。 「…………ふん、及第点、といった所か」 ついて来い、と身を翻してさっさと歩いていく彼に、遅れないように小走りになってついて行く。先程の問いに答えてもらえなかった事を思い出し、もう一度名を尋ねるが、返ってきたのは重そうな扉の音だった。 「うわ……!」 そこには、荘厳な景色が広がっていた。至る所に修飾を凝らし、金や銀、宝石で縁取られた周囲の壁には、神話こ一場面なのであろうか、様々な人々や動物や竜や、建物が描かれていた。 「ふわ……すごい……」 ここが、この国の守護神たる竜の居る広間。すごい、ひとしきり感動した後、肝心の竜がいない事に気づいた。 「あ、あの……それで、ここの主様はどこに……?」 戸惑い、先程自分を案内した男の方を向いた天馬は、思いがけぬ近さに驚いた。 「えっ、何ですか!?」 訳が分からず戸惑う天馬の顎を軽く持ち上げ、ニヤリと笑う。 「まだ気づかないか?俺は、剣城京介。…………竜としての名は、ニュクスだ」 「………チッ、とんだじゃじゃ馬だな、お前」 「う、うるさい!お前、俺に何をしようと……!?」 「何、別にとって食うわけじゃねぇよ。……ただちょっと、味見してやろうかと」 俺がすぐさま食べないでこうやって人間に興味を持つのは滅多にないんだぜ?そう嘯いてのしかかってくる剣城に、天馬は必死で抵抗する。 しかし、種族としての違いなのか、ただ単に体格差の問題なのか、相手はびくともしない。精一杯の抵抗をうるさそうに一蹴し、天馬の服に手をかける。 「ちょ、何して……!!」 「うるせぇよ、少し黙れ」 途端にのしかかってくるプレッシャー。その重圧に絡め取られ、思うように体を動かせない。 これが、人間など毛の先ほどにも及ばぬ、竜の力なのか。天馬は捕食される生き物のような、原始的な恐怖を感じた。 「ひ……やめ……!!」 首筋を這うぬめつく生暖かい何かが、より一層恐怖を煽る。そんな時、脳裏に浮かぶのは、あの親友の笑顔。 「ッ、助けて、助けて太陽ーっ!!!!」 届くはずもないのに、助けを求めて名前を叫ぶ。もがきながら必死に頭上へと伸ばした手は、自分に覆い被さる男の手によって、無理やり引き戻された。 「俺の前で、他の奴の名前を口にするとは、いい度胸だな?」 「うああっ、い、痛いぃぃっっ!!」 がぶり、と首もとに噛みつかれ、あまりの痛さに悲鳴をあげる。ああ、俺、こうやってこの竜に食べられて死んでしまうのかな、と苦痛と恐怖で朦朧とする意識の中でぼんやり思う。せめてもう一度、もう一度だけ、あの澄んだ青空が見たかった。こんなことになるんなら、もっと、もっと沢山話せばよかった。もっと、勇気を出して一言、「好きだよ」って言えばよかった。それももう、叶わない。 「た、いよう……」 虚しいと分かってても、また手を伸ばす。それしか自由は残されていなかった。 何かを掴もうともがく手のひらの向こうから、急に金色の光が射した。思わず目を見開く。 涙で光る天馬の目に映ったのは、金を纏う緋色の竜。真紅を身に宿した日色のドラゴンは一声咆哮し、こちらへ突っ込んできた。危機を察知した剣城はすぐさま横に飛び退き、次の瞬間、急降下していた巨体が地面ギリギリで上昇に転じた。 「わあああ!?」 天馬を掴みあげ、はるか上空で急旋回し、剣城の目の前に軽やかに降り立ったその竜を見やり、苦々しげに口を開く。 「まさか、まだお前が生きていたとはな……………ヘリオス」 「その名で呼ばないでくれるかい。今の僕の名は雨宮太陽と言うんだよ」 そう言った次の瞬間巨体は光を放ち、黄金の輝きが収まった所には、天馬を横抱きにした太陽が立っていた。 多分続かない なんか知らんが考えついた。竜×人間な雨天いいと思いませんか。 剣城は陽に対しての月、のイメージ。太陽くんをヘリオスとしたのはわざとですすみません。あと天馬くんは太陽くんが竜だってこと気づいてませんでした。 これが、私の求めるファンタジーの一部である。楽しんで頂けたら幸いです。 2012/02/18 |