とある天使と堕天魔王


剣城京介は、家へ急いでいた。早く帰らなければ兄が心配する。彼は、なるべく兄の負担になる様な事はしたくはなかった。仕事の報酬として貰った銀貨の入った袋を手に、足を早める。
剣城京介は、遠い東の国からやって来た人間だった。肌の色はこの国の人々に似て白かったが、瞳の色は夜明けの空に孤独に輝く明けの明星の様な色であった。
何故、彼が故郷から遥かに遠い、この異国で暮らしているのか。その肌や瞳の色で忌み嫌われたというのも理由の一つであろうが、何より、ある事故で彼を庇って動かなくなってしまった最愛の兄の足を治す為の技術と治療費を求めての事だった。
外つ国へと向かう船に忍び込み、長い航海の末言葉も文化も全く異なる地へ降り立った。最初こそ言葉が通じない故に意志疎通ができないもどかしさに幾度となく苛立ちもしたが、彼は故郷ではかなり腕の立つ剣士であり、さらには得物を刀から両刃の剣に変えた事が結果的にさらに彼を強くさせたことも起因し、己の才能と努力一つで周囲の信頼を勝ち取っていった。今では、この近辺ではかなり名の知られた剣士であり、襲ってくる賞金首の犯罪者達を返り討ちにして街の治安維持にも貢献していたので、巷では冗談混じりに『東洋から来た騎士』等と揶揄される事もあった。

今日も生活費と兄の治療費を稼いだ剣城は、ふと、羽毛の様な、ふわふわした塊を見かけた。そのまま無視して帰っても良かったが、生きている動物をむざむざ見殺しにすると兄は悲しむだろう。そう思い、剣城はとりあえず生きているか確かめようとその塊を掴み持ち上げた。翼か何かだと思ったその塊の下から現れたモノは、――人間だった。

「ーー!?」

え、いやちょっと待て、人間って羽生えるものなのか!?とぐるぐる混乱する頭をどうにか落ち着けようとするが、それよりも早く、その人間が目を開けた。きょときょとと目を瞬かせ、じっと顔を見つめてくる彼に、剣城の脳は停止してしまった。

「……え、あれ、にん…げん……?…………って、ああっ!?」

急に飛び起きた為、二人の額同士が鈍い音をたてて衝突した。しばらく痛みに悶えていたが、少年はすぐに起き上がり、その翼をはためかせた。しかしただ風が起こるだけで、宙に浮く気配はない。

「えっ嘘!?飛べなくなってる!?ど、どうして……っ痛!!」

びくっ、と肩を押さえてうずくまるその少年をそのままほっとけず、気付くと剣城は「お前……家に来るか?」と手を差し伸べてしまっていた。




翼を生やしたその少年の名は、松風天馬、というらしい。

「え、えーとあの……すみません……」
「……別に、いい」

どうやら落ちてきた衝撃で負ったらしい傷の手当てを終えた剣城は、「それで」と声を出した。

「それで、お前は何者だ」
「う、……その……」
「もうそれ見たんだから今更隠す事じゃねぇだろ。お前はアレか、天使か何かか?」
「ハイ……おっしゃる通りです……」

そして何を思ったのか、天使・松風天馬はガバッと正座し、額を床につけた。いわゆる土下座というヤツである。「なっ、ちょ、お前、何して…?」とうろたえるが、そんな事も構わず、叫ぶ。

「迷惑かけてすみません!助けてくれた事には感謝してます、けど、あの、どうか俺が天使だって事他の人には話さないで下さい!」

そして、潤んだ目で見上げてくる。何も悪い事はしていないのに自分がこの少年をいじめている様な気がし、うっとつまる剣城。何故だ、何もしてねぇぞ俺は。

「ちっ、分かった、分かったから頭上げろ!心配すんな、別に誰にも言わねぇから」
「……本当?」
「ああ」
「……ありがとう、剣城!」

がばっと飛びついてくる天馬に、剣城は「おい馬鹿止めろ!重い」等と言いながら自分から引っ剥がし、座らせた。

「お前さ、それしまえねぇのか。他の奴らに見られるとマズいんだろ」
「あ、そういえばそうだった!………よいしょ、っと」

今頃気づいた、という顔をして早速翼をしまう。しかし、何故よいしょ、とかけ声を出すのだろうか。翼をしまうのはそんなに労力のいる行為なのか、何よりどこか親父臭い。

「…………お前、翼引っ込めるのにそんな力使う訳?」
「え?ああ、これはちょっと……今はケガしてるし、何より俺、まだ見習いだから」
「はぁ?天使に見習いなんてもんあんのか?」

訝しげに尋ねれば、「あるよー」と返ってきた。

「天使って言っても二種類いるんだ。片っぽが神様が直接創った天界出身の純粋な天使、もう片っぽが俺みたいな人間から天使になったっていう奴。まあ、どっちの出身でも天使になったばかりの頃は色々学ばなくちゃならない事、例えば力の使い方とかがいっぱいあるから最初は見習いなんだけどねー。あ、でも飛び方とか翼のしまい方とかは人間出身の天使は出来ないから、そういう違いはあるけどね」

ふふっと微笑みながら天使についてレクチャーする。こんな無邪気をそのまま生き物にしたような奴が元・人間だという事に驚いたらしく、剣城は目を丸くしていた。

「俺はまだまだ見習いだからそんなに力も持ってないんだ。でも俺達の教育係の風丸さんは凄いんだよ!羽根は薄い水色なんだけど強いし位は高いし何より神様の一人である円堂さんの片腕なんだ!」

そう嬉しそうに喋る天馬の話について行けず、剣城はストップをかけた。

「待てこら。俺にも分かるように説明しろ、大体なんだよ神様の一人って、複数いんのか?ここは一神教じゃなかったのか?」
「うーんと……俺も難しい事はよく分かんないけど、大昔は神様、というか造物主は一人だったらしいよ?それがなんか大変な事が起こって今みたいな感じになったらしいんだけど……うん、やっぱり思い出せないや」
「お前絶対講義とか受けると開始五分後に寝るタイプだろ」
「失礼な!最近は十分まで保つようになったんだぜ!」
「それも駄目だろうが!」

ぱっこーん、と頭をはたいて溜息を一つ。このアホ天使は「いったあぁ〜、何すんのさつるぎぃ〜」と涙目でこちらを睨んでいるが、無視。

「ところでお前の話からすると、羽根の色が白くなるほど高位の天使になるって言ってるように聞こえるんだが、合ってるか?」
「うん、羽根の白さと翼の枚数で大体決まるよ。青やら赤やら紫やら色々あるし。一部例外はいるけど。今んとこの最高位の天使は、ミカエルかなあ……」

なんかいっつも究極究極言ってるちょっと変だけどいい人だよ。としみじみと評する。「何だか知らないんだけど、俺、あいつに目の敵にされてる様な気がするんだよねー……」こいつも苦労しているという事か。

「神様、って奴はそのカウントに入んねえのか?」
「当たり前だろ!だって、俺達を創ったんだよ?」
「そ、そうか……つーかお前、さっき自分の事見習いっつってたよな?だったら何でお前の羽根は白いんだ?」

いや、白い、なんて生易しいものではない。道端で拾った時でさえ、表面こそ薄汚れていたが、そんなものでは抑えきれない程神々しさがにじみ出るような、そんな白さだった。

「うーん…俺も何でかはよく分からないけど、たしか個人差があるって言われた。稀に、見習いの時点で真っ白な羽根を持った天使がいるって」

つまり、お前は特別って事か。そう聞くと天馬は、「やだなぁ、俺はただ羽根が白いってだけで他はただの天使見習いだよー」と苦笑した。




「とりあえず、お前が今翼をケガしていて元居た所に戻れないっつーのはよく分かっている。だったら治るまでここにいろ、お前何かと危なっかしくて目が離せねぇし」
「え、いいの……?迷惑かけることになるけど……」
「んなの今更だろ、羽根付きのお前拾った時点でこうなる事は折り込み済みだ、別に居候の一人や二人増えるくらいどうってことねぇよ」

照れ隠しなのかぶっきらぼうに言う剣城に、天馬はぱああ、と物凄く嬉しそうな顔で彼に抱きついた。まさしく天使である。

「ありがとうっ、剣城!」
「分かったからまた抱きついてくんな!」
「えへへ!剣城って、本当は優しいんだね!顔は怖いけど!」
「余計なお世話だ!」

そうして、剣城家に家族が一人、増えたのだった。





番外編。京介と天馬の出会い。まだ続きます。

2012/04/04up

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