「ごめん、兄さん……居候が増えたから、治療費集めるのにさらに時間がかかっちまう、けど……」
「京介。俺の脚の事はいいから、お前は自分のやりたい事をやれって、いつも言っているだろう?家族が増える分には嬉しいけれど、兄さんとしてはもっと自分の事にも目を向けてほしいな」
「に、兄さん……」

にこっ、と微笑む優一に、何も言えなくなる。しばらく物思いに耽っていた剣城は、「ところで、」と言う兄の声にハッと我に返った。

「新しく来た、京介の言う『居候』って、あの子の事かな?」
「なっ!?」

慌てて後ろを振り返ると、扉の影に隠れるようにそこに立っていた天馬を発見した。

「お前っ……!来るなと言ったのに!?」
「ご、ごめんね…!でも、何か気になって…」
「ちょっとこっちに来い!悪い兄さん、また後で来る」
「ははは、後でちゃんとその可愛い子を紹介してくれよ、京介?」
「えっ、可愛いって、そんな」
「だからお前は黙ってろ!兄さんも変な事言わないでくれ!じゃあ」

追い出されるようにして剣城と共に部屋を出た天馬は、その後彼にこっぴどく怒られたらしい。




天馬が剣城家の居候として数週間経った。何だかんだ言いつつ仕事のない日は彼を外へ連れ出し、普通に遊ぶ剣城は年齢通りの少年である。


「おい松か……って、お前何やってんだ!」

ちょっと用事があり、探していた剣城の目に入ってきたのは、家の近くの滝で羽根を広げて水浴びをしている天馬だった。勿論全裸である。

「何って、羽根の手入れ?結構傷もよくなってきたし、あとずっとしまいっぱなしも窮屈だから」
「だからって……お前、服着ろよ馬鹿!」
「え、別にいいじゃん、誰かに見られるって訳じゃないし、減るもんじゃないし」
「俺にとっちゃ目に毒なんだよ馬鹿!」

顔を真っ赤にし、慌てて自分の上着を着せる。一方の天馬は、「えー剣城が気にする事ないじゃん、神経質だなー」と笑っているが、そうではない。
いくら剣の腕がたつといっても剣城は十代の健全な少年である。こっそり恋心を募らせている相手の全裸を見て、平静でいられる筈がない。

それでもなんとか理性を働かせて無理やり服を着せる。天馬は少し不満顔だったが、大人しくされるがままになっていた。

「ねぇ剣城、この羽根、触ってみる?」
「なっ!?…………いいのか……?」
「うん、どーぞー」
「じ、じゃあ遠慮なく……」

恐る恐る触れた翼は、柔らかくて暖かかった。




下界での天馬達の日常は平穏に過ぎていったが、その頃天界では、悪魔との戦争の真っ最中であった。どちらからともなく停戦していたが、ある日突然奇襲を仕掛けられ、天使達はその対応に大わらわだった。

そんな時である。どこかしらの抜け道から悪魔どもが侵入してこないようあちこち見回る警備隊の一員だった信助が、落ちて以来行方不明となっていた天馬を発見したのは。

「天馬!こんな所にいたの!?」
「えっ、あれ……信助!?何でここに?」
「もうっ、探したよ!心配したし、今まで何してたの?」
「えっとー、ケガしちゃって上手く飛べないから、剣城っていう人の所に居させてもらってる」
「えっ……バレてるの?」
「うん」
「天馬のおばかぁぁぁぁぁ!!!!」
「うえぇぇぇぇぇ!!??」

急に怒られ、肩をすくめる。信助は「全く、天馬はもー…」等ぶつぶつ言っていたが、それどころではない事を思い出した。

「そうだ!天馬、ケガはもう良くなってるよね?」
「えっ、うん、大丈夫だよ」
「よかった!今ね、悪魔達が攻めてきてるんだ!いきなりだったから人手不足で、天馬の事を風丸さんも探してたけど、今じゃ警備軍の指揮官なんだよ!だから時間がなくて…」
「ええっ、もうそんな大変な事になってたの!?」
「うん!それに、円堂さんも戻ってこいって」
「……分かった、ちょっと剣城に話してから行くから、ちょっと待ってて!」

ばたばたと家へ戻る。しかしそこには剣城は居なかった。傭兵の仕事で市街地の方へと出かけているらしい。
仕方がないので書き置きを残し、天馬は信助と共に、天界へと戻っていった。




「天馬を連れてきましたよ風丸さん!」
「天馬!まったくお前は……!」

信助に連れられて、向かった先は教育係である風丸の元。天馬の姿を見た彼は、安堵やらで小言を言いかけたが、一段上にいた人物に遮られた。

「お帰り、天馬!待ってたぞ!」
「えっ、円堂さん!?」
「俺を待ってたって、どういう事ですか?」

その言葉に円堂は、「まあちょっと、大事な話があるからなー」とまったく深刻そうでない顔でのたまった。

「大事な話…?」
「そうだ。休戦協定破ってヒロト達がこっち攻めてきてるってのは信助から聞いてるだろ?」
「は、はい……」
「個人名出すのは止めてくれ円堂」

個人情報保護法に抵触してるぞと風丸は言うが、むしろ彼が個人的に嫌っているという様子である。

「それでまあ、俺もあっちこっち飛び回らなきゃいけないんだけどさ、行く前に天馬、お前に言っておく事がある」
「…!なんです、か…?」

いつもは太陽の様な笑みを浮かべている円堂の顔が、いつになく固くなっている。それに何かを感じ取り、天馬はごくりと生唾を飲んだ。

「いいか、“動くな”」
「………はい?」
「誰から何を言われても、お前は動くな。この騒動が落ち着くまでここに居ろ。見張りや戦闘も駄目だ。ましてや下界へ行くのは絶対に許さない」
「え………?」
「何でですか!?人手が足りないのに天馬だけ外すなんて…」
「そうです、皆が必死に戦っているのに、俺だけ何もしないって変ですよね!?」
「落ち着け、お前ら」
「落ち着けません!どうしてですか風丸さん!」
「それは、俺の口からは言えない」
「ならっ…」
「ごめんな天馬、今はまだお前に話す時じゃない。今はただ、大人しくここに居てくれ。な?」

円堂の有無を言わさぬその言葉に、天馬はただ黙って従う他はなかった。





番外編続き。前にも増してカオスすぎるぞこれ。次回で終わります、多分。←

2012/04/19up

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