竜の卵の殻は、幼竜自身の力では出てこられないほど固い。なので、生まれ出る時に親竜や竜術士の手助けを必要とする。

竜の子供は、幼竜となって殻を破り出てくるその時まで、守り手にずっと抱えられ、まどろんでいるのだ。

――竜術士の手のひらのあたたかさと、心の奥底に秘めたる望みを感じ取りながら。


自分が卵の中にいる時からずっと、自分の竜術士は泣いていた。
卵を抱えながら他に誰もいない部屋で独り、嗚咽を漏らして。

(敦也、敦也、どうして)

度々出てくるその名前は、彼の大切な片割れらしい。

(……染岡、君っ……)

片割れと同じくらいよく出るその名前は、彼の婚約者らしい。

敵国に攻め込まれ、故郷から逃げ出した際、二人とも自らを犠牲にして彼を逃がしたのだという。

でも、そんな細かい事が、当時の自分に分かるはずもなく、ただただ、彼の涙を止めたい、笑って欲しいと、強く願った。

(寂しい……)
(もう、僕を……置いていかないで……)

そんな、寂しがり屋な自分の竜術士。

俺にとっては、大切な大切な、竜術士。

ほら、俺がいるから。だからもう、独りで泣くなよ。


『……!!生ま…れた……?』


お前の涙を止めるなら、なんだってするよ。だって俺は、お前の家族、だからな。


『……うん、決めた。君の名前はね……
アツヤ。……僕の、大切な人の名前なんだ……』




「アツヤー!どうしたの、そんな所でボーっとして」

「兄貴……いや、ちょっと、な」

「もー何なのさ、僕に言えないような事でも考えてたの?そうかいやーアツヤもそんな年頃かと思うと何か本当に感慨深いなぁ」

「オイ待てお前が今考えてる事とは違うからな、絶対違うからな」

「えーそんな事言って、アツヤったらムッツリさんなんだからー」

「ムッツリじゃねぇよ!……ちょっと昔の事を思い出して…あん時兄貴よく泣いていたよなあって」

「……え、ええっ!?そんな事あったっけ?」

「あったって。だから俺は一人にはしないって決めたんだよ、……士郎の事」

「……アツヤ、……今……?」

「、っだあああ聞き返すな!忘れろ!今すぐ忘れろぉぉぉぉぉ!!」

「あっ、待ってアツヤ……ってあー、滝壺に飛び込んじゃった……」


淡い水色の髪をした彼が飛び立った所に立ち、一人微笑む。

「ありがとう、アツヤ……」

そして空を仰ぎ、呟く。

「ねえ敦也、染岡君、元気にしてる?」

僕は元気だよ。この優しいコーセルテルの地で、優しい人達に囲まれながら。

僕、子育てもしてるんだよ?まだ結婚もしてないのにねぇ。ふふっと笑って続ける。

「最初は寂しかったし、沢山泣いた、かも。でも今はもう大丈夫。アツヤや皆がいるから。だから大丈夫。」

あ、アツヤっていうのはね、僕が一番最初に預かった子なんだよ。まるで君みたいにぶっきらぼうで、短気で、でも本当は不器用で優しい子なんだ。

……ああ、でもやっぱり、君たちにまた会いたいなあ……

そう言って青空に手を伸ばすと、どこからか優しい風が手のひらを撫で、『もう、めそめそ泣いてんじゃねぇぞ、バカ兄貴』なんて、懐かしい声が聞こえたような気がした。




日記より再録その4。水竜家の話。
吹雪兄弟は、ある王国の最後の王族。敵国に攻め込まれ、何もかも捨てて身一つで逃げ出した吹雪(士郎)は、地下水脈に落ちて最終的にコーセルテルにたどり着きます。
まんまエレさんですが何か。←
で、一番最初に孵った子に『アツヤ』と名付けたと。
なので当たり前ですが二人は血が繋がってません。
それでもアツヤが普段吹雪のことを『兄貴』と呼んでるのは…まあ、吹雪の秘めた望みを無意識に叶えようとしてる、みたいな?
なんかグダグダですいません。

ちなみに染岡くんは国一番の剣士で婚約者で吹雪の初恋の人。
二人とも生きてます。しかし、吹雪くんはそれを知らない……とか。

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