「名前ちゃぁん…本当に藤の花咲いてるの…?暗くて湿ってるしとりあえずなんか、ここ生暖かいしキモイ!!!!」

「カァァ!!!」

「ぎゃぁぁぁ!!!何!?鴉!?脅かさないでよもう!!!名前ちゃぁぁぁん!!」


彼女の名前を叫んでも、返事はない。
聞こえるのは鴉の鳴き声と、生暖かい風が吹く音だけ。
そして、なんとも言えないこの不気味な雰囲気が、より一層善逸の不安感を掻き立たせていた。
でも彼女が言っていた、『藤の花が咲く場所』までは頑張って足を進めなければならない。今、このまま蹲ってしまったら鬼に喰われ、彼女と結婚が出来なくなってしまう。自分が7日間生き残るには、頑張って足を進めるしか無いのだ。


「名前ちゃん、可愛いし綺麗だったな〜。まるでお花みたいだった…。あんな女の子と結婚出来る俺って…すげー幸せじゃない!?」


結婚する体で話を進めているが、結婚を必ずするという約束はしていない。
自分に都合の良い部分だけで解釈をし、幸せオーラを発している善逸。
単純で頭の中は、おめでたい人間である。

そんな幸せオーラも暫くすると、不安のオーラへと変わっていく。
他の人より長けている耳の良さが、彼の不安を更に煽った。誰かの足音、遠くで聴こえる誰かの悲鳴。普通の人間なら聞こえない小さな音でも、彼の耳には聞こえてしまうのだ。

一歩踏み出す足が震える。
幸せで花道に見えていたはずの道のりは暗闇に染まり、孤独なものへと変わって行った。


「…無理だよぉぉぉ」


こうなるなら、あのまま彼女と一緒に来れば良かった。何故連れてこなかったのだろう。
でも、もし連れてきたとしても彼女を守るだけの技量は持ち合わせていない。自分が守れなかったら彼女を傷付けてしまう。
現実は上手くいかないものだ。

そんなことを考えながらも、震える足を善逸は進めて行った。
彼女との結婚の為に。


……………………………………………


どのくらい歩いただろうか。
進んだ距離はわからないが、とりあえず自分を誰か褒めて欲しいものだ、とため息をついた。
相変わらず、善逸の耳には誰かの足音と誰かの悲鳴が聞こえている。

そんな中、ふと彼女の音を思い出した。


「名前ちゃんの音…あんな音、女の子から初めて聞いたな…」


騙されると分かっていても、常に女の子を追いかけ続けていた善逸。自分が頑張れば、もしかしたら女の子も変わってくれるかもしれない。だから、借金をかぶせられても女の子を大切にしたかった。

いつか自分に振り向いてくれると信じて。

しかし、願いはいつも簡単に切捨てられる。でも善逸は毎回諦めなかった。
きっとそれが、女々しく見えてしまう原因だろう。彼は至って真面目なのだが。

そんな善逸が、彼女に問いかけた「大丈夫なの?」という言葉。
あの時は、他の参加者と比べた意味で聞いてしまったが、本当はそういう意味ではなかった。

『俺と話してて君は大丈夫なの?』

善逸は彼女にそう聞きたかったのだ。
今までに数え切れないほど、自分を裏切る音を聞いてきた。本当は辛かった。でも、自分は尽くす事しか出来ないからと、泣いて縋って痛い目を見てきたのだ。裏切られると分かっていても。

そんな善逸に聞かせた彼女の心音。
自分を嫌わない、裏切らないと分かる初めての音。

出会ったばかりでも、心の底から彼女を信じてみたいと思った。
だから今もこうして恐怖心と戦いながら、前に進んでいる。

無事に最終選別を終えて、何年後になるか分からないけれども『柱』となって彼女を迎えに行こう。彼女のために戦ってみてもいいんじゃないか。

泣き虫でヘタレな少年の心に何かが芽生え始めた瞬間だった。


「オマエ、美味そうだなァ!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁ美味しくなんてないよぉぉぉぉぉ死ぬ!!!」


相変わらず逃げ足は早く、やっぱりヘタレだけれども。

いつか君と未来を見れると信じて。
生き残ってみせるから。




(雷の呼吸 一ノ型 霹靂一閃!)
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