春夏秋冬、花が咲くには時期がある。
そして、花を美しく咲かせるには技術が必要だ。花は簡単に、美しく咲かせてくれない。
一応花柱というポジションにいる訳で、花に対しての厳しさを分かっているつもりではあったのだが…
お目当ての花問屋は、そんな名前を簡単に裏切った。
「え?なんでこんなに種類があるの?」
問題の花問屋に客として行ったはいいものの、品数の多さに現在呆気を取られている。春夏秋冬お構い無しで、色々な花の種類を見るのは初めてだった。
他の花問屋には、こんなに種類はない。
驚きの余り、先程から目を擦るばかりだ。
「こんばんは、いらっしゃい。何をお探しで?」
呆気を取られている名前に声をかけたのは、顔が青白く細い女性。
その特徴に聞き覚えがあった。
恐らくこの女性が花村の言っていた、『鉢屋』で間違いないだろう。
話の通り、顔が青白く今にでも倒れそうな感じだ。
問題の紅い花について聞こうと思ったが、横に居た冨岡が先に彼女と話し始めた。
「紅い花を探している」
「紅い花かい…?」
「あぁ、妻に贈り物としてあげたい」
「つ、妻…!?」
「そうかい、そうかい。一緒にいるのに贈り物とはいい男じゃないか。ちょっと待っておくれ、奥からとっておきのを持ってくるよ」
勝手に妻にしないで欲しい。
いくら男女でいるからって妻はないんじゃないか。
横目で冨岡を睨むと、彼は急いでそっぽを向いた。その反応が更に腹を立たせる。
店の目の前でなければ、殴りたいくらいだ。
冨岡との冷戦状態が続く中、例の鉢屋が花を持って戻ってきた。
真っ赤に染ったその美しい花に、冨岡も名前も目を奪われる。
この品種は、花に詳しい名前でも見たことが無かった。
「お待たせ、この花はねうちで品種改良して出来た花だよ」
「素敵…」
「あら、嫁が気に入ったなら旦那は即買いだね。まけるよ、どうだい?」
「貰おう」
花を受け取り、素早く勘定をする冨岡。
渡された花を見つめると、なんだか不思議な気持ちになった。
ふわりと意識が朦朧とする。
これは…まずいかもしれない。
「お買い上げありがとう。またよろしく頼むよ」
「あぁ、いい買い物だった」
「あ、そうだ奥さんよ」
「は、はい…?」
その場を離れようとした冨岡達を鉢屋は呼び止め、名前が持っていた花に触れる。
そして花の匂いを確かめる素振りをした後、彼女に呟いた。
「見れば見るほど、嗅げば嗅ぐほど気持ちが良くなる。そしてそのまま…」
『私のご飯さ』
「下がれ!!!!名前!!!」
大声を上げた冨岡は、名前を突き飛ばした。その反動で花が地面に落ち、辺りに花びらが散る。花から離れた事で、意識が朦朧としていたのが無くなった。
全集中常中をしている自分でも、意識半分は相手に持って行かれていた。していなければ、意識どころか精神までも持っていかれていただろう。
意識を正常に戻した名前を、鉢屋は不気味な笑みで見つめていた。
彼女の笑みに鳥肌が一気に立つ。
(この血の香りはなに…?)
誰も怪我していないはずの場所に血の香りが漂う。
香りが強い方へ視線を落としてみると、自分が手放した紅い花から香りがしていた。
やはり、この花に血鬼術が施されていたのか。
「そんな夫婦ごっこお見通しよ、鬼殺隊のあなた達。昼間も制服を着た彼女を見たわ、詰めが甘いのよ」
「鬼のくせにお花屋さんごっことは、夢見る子供みたい。一体何人喰らったの」
「知りたい?そうねぇ…アンタを殺したら教えてあげる」
地面に散らばった花びらが、光を帯びた。
花びらは液体となり、接着剤のように名前の身体を固定させた。
しまった、気を抜いていた。
固定された場所はもちろん、動かす事は出来ない。
「むやみに身体を動かさない方がいいわ。皮膚ごと剥がれるわよ。もうすぐアンタの身体を溶かして私のご飯になるから」
溶かす?
花を買った人を先程のように朦朧とさせ、屍のようになった所を、このように血で固定をさせ溶かして食べているのか。
「すみません、冨岡さん。5分、時間下さい」
「早くしろ、死ぬぞ」
「5分で何が出来るというの?5分後には泣きながら遺言でも言っているわよ!」
不幸中の幸いで、手首は固定されていなかった。これなら何とかなりそうだ。
冨岡に目で合図を送る。
彼は小刀を懐から出すと、名前の手元に向かって正確に投げた。
「遊びかしら、時間の無駄ね。そこの男を殺すことにするわ」
「名前、下弦だ」
「…いちいち報告しないでください。下弦なんかに捕まった私が、一番恥ずかしいって分かってます」
「……」
「(イラッ)義勇さん…」
冨岡から投げられた小刀を受け取ると、全神経を集中させ刀を持つ手へ力を入れる。
フゥと呼吸を整え、彼女は手首を器用に回し呼吸を放った。
「花の呼吸 弐ノ型 御影梅!!」
射抜く的を得たようだ
(義勇さんにも当たれ!!!この!!)