「え、義勇さんもあの花問屋に目をつけていたんですか?」
気付けば、お互い向き合って夕餉の時間を迎えていた。まるで先程まで何事も無かったかのように。
彼を意識していない訳では無い。そもそも意識するなと言われても、それは無理な話だ。
お陰様で、名前の頭の中は冨岡の強烈な告白でいっぱいだった。
このままでは任務に支障が出ると判断した名前は、任務が終わるまでこの話は保留という事で冨岡と決着がついた。
そんな冨岡は、もぐもぐと大好物の鮭大根を頬張っている。
本題の任務の話を聞いた所、彼もあの花問屋に目をつけていた事が分かった。それで昨日からこの屋敷に世話になっているそうだ。
「お前が最終選別に行っている間、お前の担当地区の見回りは俺がやっていた」
「…存じ上げております」
「見回りで通りかかったあの花問屋から、鬼の気配がした」
冨岡も同じ場所に目をつけているなら、路線変更して合同任務にした方が良さそうだ。彼が居れば安心して任務を遂行できる。
冨岡に今夜の作戦を詳しく話し、合同任務決行が決まった。
しばらく黙って食事を進めていると、彼が話したそうに名前を見つめていた。
「どうしたんですか?」
「…最終選別…どうだ」
「どうだ?あ、どうだった?ってことですか」
「……」
「そうですね、今回の合格者は期待していいと思います。あ、そうだ、義勇さんと同じ水の呼吸の使い手もいましたよ。弟弟子か何かですか?」
「知らない」
「え、じゃあ違うのかな。育手の名前は…確か『鱗滝さん』って彼は言ってたんですけど…」
「ガシャン!!」
二人だけの広間に、箸の落ちる音が響いた。
冨岡が驚いた表情で自分を見つめている。
先程まで落ち着いて食事を取っていた筈なのに、こんなにも動揺しているとは。
「まさか…冨岡さんの育手も『鱗滝さん』って方ですか?」
「…水の気呼吸の使い手の特徴は」
「え、あ、えっと、髪や瞳に赤色が入っていて…花札のような耳飾りをしていましたよ?」
「…そうか」
きっと彼に思い当たる節があるのだろう。
特徴を言い終えた後、あの無表情の冨岡から安心した笑みが零れていた。その緩んだ表情に不覚にもドキリと胸が高鳴る。
「その子と何かあったんですか?」
「話せば長くなる」
「いいですよ、まだ時間はあります」
「…あれは2年前の…」
……………………………………………
冨岡の長話を終え、任務の準備に取り掛かっていた。
隊服では怪しまれるので、着物に袖を通す。
今回の作戦としては、あの花問屋へ行き客として花を買う。花の様子を見て、変化があればあの店へ突撃という訳だ。噂によると、消えていくのは皆ではなく、紅い花を買った客だけ消えるらしい。とりあえず店の紅い花を片っ端から買おうと言う結論に至った。
「義勇さん、準備終わりました」
「あぁ…え?」
「え?」
「な、なんだその格好は」
「なんだって言われても。着物ですが…あ、見慣れていないからびっくりしたんですね」
「…っ」
冨岡と休日に会ったことが無い。彼を誘おうとしても「断る」の一言で終わる。隊服でしか会ったことないのだから、驚いても無理はないか。
「義勇さん、休日に会ってくれないじゃないですか」
「…それは」
「それは?」
「苗字と二人ではないからだ…」
「義勇さん、ちょっと待ってください」
とりあえず、その辺の空き部屋に入る。
彼のあの言葉で顔を赤く染めあげた名前は、隠すので精一杯だった。しかも普段は口下手で、あまり話さないのにいきなり素直になられるのも反則である。心臓がいくつあっても足りないじゃないか。
呼吸を落ち着かせ、冨岡の元へ戻る名前。
彼はまた無表情で首を傾げているだけだった。少しは自分の発言を自重して欲しいものだ。
「はい、行きましょう」
「苗字…「あの!!!」」
自分ばかりこんな思いをするのは御免である。冨岡に少し仕返しをしたいと思った彼女は、自分の顔を彼に近付けた。
そして驚きで固まる冨岡。
「二人で出かけます。出かける代わりに、私を名前で呼んでください」
「…なっ」
「義勇さんだけですよ、私を名前で呼ばないの」
「それは…」
「いいんですか?出かけたいのでしょう」
「勿論だ」
「はい、では呼んでください。せーの」
…名前。
そんな一連の流れを後ろから見つめていた女将。
「あらま、お若いですこと」と、真っ赤な顔をした二人に静かに呟いたのだった。
たぶんきみで最後だよ
(これでみんな、名前で呼んでくれてるよね?)