真実のシェイクスピア

05たぶんきみで最後だよ

「え、義勇さんもあの花問屋に目をつけていたんですか?」


気付けば、お互い向き合って夕餉の時間を迎えていた。まるで先程まで何事も無かったかのように。

彼を意識していない訳では無い。そもそも意識するなと言われても、それは無理な話だ。
お陰様で、名前の頭の中は冨岡の強烈な告白でいっぱいだった。
このままでは任務に支障が出ると判断した名前は、任務が終わるまでこの話は保留という事で冨岡と決着がついた。

そんな冨岡は、もぐもぐと大好物の鮭大根を頬張っている。

本題の任務の話を聞いた所、彼もあの花問屋に目をつけていた事が分かった。それで昨日からこの屋敷に世話になっているそうだ。


「お前が最終選別に行っている間、お前の担当地区の見回りは俺がやっていた」

「…存じ上げております」

「見回りで通りかかったあの花問屋から、鬼の気配がした」


冨岡も同じ場所に目をつけているなら、路線変更して合同任務にした方が良さそうだ。彼が居れば安心して任務を遂行できる。
冨岡に今夜の作戦を詳しく話し、合同任務決行が決まった。

しばらく黙って食事を進めていると、彼が話したそうに名前を見つめていた。


「どうしたんですか?」

「…最終選別…どうだ」

「どうだ?あ、どうだった?ってことですか」

「……」

「そうですね、今回の合格者は期待していいと思います。あ、そうだ、義勇さんと同じ水の呼吸の使い手もいましたよ。弟弟子か何かですか?」

「知らない」

「え、じゃあ違うのかな。育手の名前は…確か『鱗滝さん』って彼は言ってたんですけど…」

「ガシャン!!」


二人だけの広間に、箸の落ちる音が響いた。

冨岡が驚いた表情で自分を見つめている。
先程まで落ち着いて食事を取っていた筈なのに、こんなにも動揺しているとは。


「まさか…冨岡さんの育手も『鱗滝さん』って方ですか?」

「…水の気呼吸の使い手の特徴は」

「え、あ、えっと、髪や瞳に赤色が入っていて…花札のような耳飾りをしていましたよ?」

「…そうか」


きっと彼に思い当たる節があるのだろう。
特徴を言い終えた後、あの無表情の冨岡から安心した笑みが零れていた。その緩んだ表情に不覚にもドキリと胸が高鳴る。


「その子と何かあったんですか?」

「話せば長くなる」

「いいですよ、まだ時間はあります」

「…あれは2年前の…」


……………………………………………



冨岡の長話を終え、任務の準備に取り掛かっていた。
隊服では怪しまれるので、着物に袖を通す。

今回の作戦としては、あの花問屋へ行き客として花を買う。花の様子を見て、変化があればあの店へ突撃という訳だ。噂によると、消えていくのは皆ではなく、紅い花を買った客だけ消えるらしい。とりあえず店の紅い花を片っ端から買おうと言う結論に至った。


「義勇さん、準備終わりました」

「あぁ…え?」

「え?」

「な、なんだその格好は」

「なんだって言われても。着物ですが…あ、見慣れていないからびっくりしたんですね」

「…っ」


冨岡と休日に会ったことが無い。彼を誘おうとしても「断る」の一言で終わる。隊服でしか会ったことないのだから、驚いても無理はないか。


「義勇さん、休日に会ってくれないじゃないですか」

「…それは」

「それは?」

「苗字と二人ではないからだ…」

「義勇さん、ちょっと待ってください」


とりあえず、その辺の空き部屋に入る。
彼のあの言葉で顔を赤く染めあげた名前は、隠すので精一杯だった。しかも普段は口下手で、あまり話さないのにいきなり素直になられるのも反則である。心臓がいくつあっても足りないじゃないか。

呼吸を落ち着かせ、冨岡の元へ戻る名前。
彼はまた無表情で首を傾げているだけだった。少しは自分の発言を自重して欲しいものだ。


「はい、行きましょう」

「苗字…「あの!!!」」


自分ばかりこんな思いをするのは御免である。冨岡に少し仕返しをしたいと思った彼女は、自分の顔を彼に近付けた。

そして驚きで固まる冨岡。


「二人で出かけます。出かける代わりに、私を名前で呼んでください」

「…なっ」

「義勇さんだけですよ、私を名前で呼ばないの」

「それは…」

「いいんですか?出かけたいのでしょう」

「勿論だ」

「はい、では呼んでください。せーの」



…名前。



そんな一連の流れを後ろから見つめていた女将。
「あらま、お若いですこと」と、真っ赤な顔をした二人に静かに呟いたのだった。



たぶんきみで最後だよ
(これでみんな、名前で呼んでくれてるよね?)
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