真実のシェイクスピア

04うすく色付いていたわたし

身体中の血が騒ぐ。
そして自分の危険信号が何度も点滅している。
「逃げなさい」と頭の中で誰かが呟くのが聞こえた。逃げたいのは山々だが、なんせ相手は男だ。力が強くて、ろくに身体が動かせない。

迫り来る冨岡の顔をただ見つめていた。

が…


「…いい加減にしてください!!!」

「…っぐぁ!!!」


流石に彼女の堪忍袋の緒が切れ、唯一動かせた頭で頭突きをお見舞する。冨岡は泡を吹いて、隣に倒れ込んだ。
困った男だ、冨岡義勇。これ程までに寝起きが悪いとは。
知らなかったとはいえ、安易に男の部屋には入ってはいけないと身をもって学んだ。
そして泡を吹いていた彼も目を覚ましたのか、頭を擦りながら気だるそうに身体を起こしていた。


「…苗字…?」

「…おはようございます」


何故お前がここに居るんだと、言わんばかりの表情で冨岡は名前を見つめる。
その表情にまた再度、頭突きをお見舞いしたくなった。


「何も覚えていないんですか」

「何の事だ」


にっこりと冨岡に向かって微笑んだ。
そろそろ我慢の限界である。
彼がそんな態度ならこっちにも策があると、名前の悪戯心に火がついた。
名前は隊服のボタンを第二まで外し、恥じらった表情を冨岡に見せる。そして、潤んだ瞳で富岡を見つめれば、彼は「ごくり」と喉を鳴らした。


「酷い…です。あんな事しておいて…」

「なっ…!」

「…義勇さんを心配していたのに…腰とか痛くないのかなって…」

「!?」


名前には分かっていた。先程自分が転んだ時の衝撃が、彼の腰に響いている事を。
その事実を知らない冨岡は、自分の腰を擦り再度名前をみる。
彼女の表情は潤んだまま変わらない。
彼は頭を抱え、黙り込んでしまった。
何かを考えているその姿に、流石にやり過ぎてしまったかと、名前も焦りの表情を浮かばせる。
今回ばかりは許そうと、冨岡に声をかけようとしたその時だった。


「…る」

「え?」

「責任は必ず取る」

「はい?」

「俺と夫婦になってはくれないか」

「……」


どんなリアクションをすればいいのか迷った挙句、とりあえず笑っておこうと笑みを浮かべた名前。もう彼は重症である。


「義勇さん、何を言っているんですか」

「責任を取るといっているんだ。だから俺と夫婦に…「いやいや!!」」


冨岡の両肩を掴む。この人は真剣な顔をして何をいっているんだ。自分の聞き間違えかと思いもう一度聞き直したが、間違いなく彼は『夫婦になれ』と言っていた。
どうしてその結論に至るのか本当に分からない。


「そもそも『夫婦』って、お互い好きでは無いと私はいけないと思います!!」

「そんな事は無い。今の時代、お見合いが当たり前だろう何を言っている」

「そうじゃなくて!別に義勇さんと私は今、お見合いしている訳じゃないでしょう!」

「意味が分からない。女子(おなご)の純潔を汚してしまった男は責任を取るのが当たり前だろう」

「はぁ…!!」


この堅物を何とかして欲しい。
これ程までに信じ込んでしまったら、もうお手上げだ。自分の演技力に称賛するしかない。


「いや、あのですね」

「そもそも俺はお前の事が好きだ。だから俺は問題ない」

「…え!?」


驚きの余り、瞳をパチパチと瞬いたまま固まる名前。

義勇さんが…私を好き?

冨岡が発した言葉を思い出した名前は、顔を真っ赤にして俯いた。
頭の中で冨岡の言葉がグルグルと回る。
こんな形で彼の気持ちを聞くとは思わなかった。チラリと覗けば、無表情の冨岡が名前の瞳に映る。
何故自分だけこんなに焦っているのが、不思議で仕方が無かった。


「…嘘です」

「…?」

「さっき、私が言ったことは嘘です。義勇さんは何もしてません。確かに寝惚けて接吻をしそうになっていましたが、私が頭突きで止めました」

「…この腰の痛みは…」

「私が義勇さんを布団まで運ぼうとした時に、転んでしまったんです。恐らく、倒れ込んだ衝撃が腰に来たんだと思います」


そもそもこんな事になったのは、冨岡の寝起きが悪いせいである。嘘をついた自分も悪いかもしれないが、冨岡への仕返しくらい許して欲しいものだ。
名前の弁解で、今度は冨岡が固まってしまった。彼女と同じように目をパチパチと瞬き、名前を見つめる。だが、次の冨岡の表情に彼女は自分の目を疑った。


「っ…」


無表情で何を考えているのか分からない、あの冨岡が手で口を隠し、顔を真っ赤に染め上げ、視線を外したではないか。
その行動にまた名前も、顔を真っ赤に染めた。予想外だ、冨岡が恥じらうのは。


「水柱様、花柱様、ご歓談中申し訳ございません。夕餉のお支度が整いました。広間に来ていただけますか?」

「…あ、あぁ、今行く」
「あ、はい」


タイミング良く、女将の声が部屋に響いた。
名前より先に部屋から出ていこうと、冨岡は障子戸に手をかける。
が、少しの間の後、彼は後ろを振り返り、立ち尽くしている彼女に向かって言葉を放った。


「夫婦発言は取り消そう。しかし、俺の気持ちは取り消しはしない」


誰だ、冨岡を天然のドジっ子と言った奴は。



うすく色付いていたわたし
(動揺したら負け、動揺したら負け、動揺したら負け!!!…)
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