真実のシェイクスピア

03ほら、簡単に騙された

「これはこれは花柱様!お久しぶりでございます」

「こんばんは、いきなりで申し訳ございませんが今晩よろしいですか?」

「もちろんでございます。花柱様の好きな花風呂ご用意致しますね」

「ありがとうございます」


馴染みのある顔ぶれに挨拶をし、奥の部屋へと通される。ここには何度も世話になっており、自分がこの屋敷の花風呂が好きだと言う事も、もちろん認識されていた。
柱になる前からこの屋敷には来ているが、出迎えてくれた女将は相変わらず歳を取っていないように見える。屋敷の花風呂のせいだと彼女は言うが本当だろうか。


「今日は合同の任務なんですか?」

「え?合同…ですか?」

「あら、違いましたか。実は昨日から水柱様がお見えでして…」

「…み、水!?…案内していただけますか」


確かに今朝、水柱こと冨岡義勇には会わないととは思ったが、まさかこんなにも早く会えるとは思ってもみなかった。
そもそも冨岡に会うのは半年ぶりだ。
女将に案内され、更に奥の部屋へと進む。
ここだと言われた部屋の前には鬼避けだろうか、藤の花が飾ってあった。


「これは…あれ?」


振り向くと、そこには女将の姿は無かった。お礼を言いそびれてしまったかと肩を落とす。夕餉の時にでも声をかけようと気を取り直し、再度冨岡がいる部屋へ視線を向ける。


「義勇さん、名前です」

「…」

「義勇さーん?」

「……」


部屋の外から声をかけたが、冨岡の反応はない。これは風呂にでも行っているのか?
流石に異性の部屋だ、無闇に入ることは許されない。
中の様子を探ろうと、障子戸を少し開け部屋を覗いた時だった。


「え、ちょっと!義勇さん!!」


机の手前で冨岡が倒れていたのだ。
この非常事態に急いで部屋の中に入る。
自分が任務を任せていたから疲労で倒れたのか?それとも、鬼との戦闘で重症を負ったのか?色々な考えが頭を駆け巡った。


「義勇さ……あれ?」

「…すぅ」


倒れていた冨岡を抱き抱えてみたが、特に外傷はなく苦しんでいる訳でもなく、ただテンポの良い寝息が聞こえるだけであった。
布団にも行かないで、こんな所で無防備に倒れられていたら誰もが心配するだろう。
普段しっかりしている人だけあって、本当にこういう所はガサツである。
心配をして損をした。


「ちょっと、義勇さん。こんな所で寝ていたら風邪を引きますよ。向こうの部屋に布団を敷いてありますから、そっちで寝てください」


このままでは、夕餉の準備を終えた女将が冨岡を呼びに来て、同じ事が繰り返されるだろう。女将の事だ、声を荒らげて屋敷を走り回る可能性だってある。
そうなっては今夜の任務に支障が出るような気もするので、とりあえず冨岡をどうにかしなければならない。

頬を叩いても起きない彼を、とりあえず引きずって部屋まで移動させる。
両脇を抱えた状態で、自身を動かされているのに当本人はまだ起きない。睡眠が深過ぎる。
やっとの思いで部屋まで着いたが、布団に躓き名前も布団に倒れ込んでしまった。


「いった…」

「…ん」


冨岡を後ろ向きで引きずっていた為、仰向けの彼女に彼が上から覆い被さるような体制となっていた。流石に成人男性が上に乗っかっているのは重い。


「義勇さーん、そろそろ起きてください重いです」

「…ん…?」

「あ、おはようございます」


虚ろな瞳が名前の視線と重なる。
やっとこれで解放されると、彼女は安心しきっていた。
だが、彼の寝起きの悪さは柱の中で一二を争うと名前は知らない。
冨岡は虚ろな瞳のまま、彼女の手に自分の手を重ねる。仰向けに彼女が寝ているのをいいことに身体が動かせない様、両足で彼女を抑えた。

嫌な雰囲気に名前も気付いたのか、冷や汗が額に現れる。


「ぎ、義勇さん?ちょっと?」

「人が寝ていた所に入り込むとは、感心しない」

「もしもし?」


無表情の顔にうっすらと、笑みが現れる。
その瞬間、彼女は悟った。寝ている冨岡へ安易に近付いてはいけない事を。



「…帰さないからな」



ほら、簡単に騙された
(ぎゆう…さん…?)

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