「これはこれは花柱様!お久しぶりでございます」
「こんばんは、いきなりで申し訳ございませんが今晩よろしいですか?」
「もちろんでございます。花柱様の好きな花風呂ご用意致しますね」
「ありがとうございます」
馴染みのある顔ぶれに挨拶をし、奥の部屋へと通される。ここには何度も世話になっており、自分がこの屋敷の花風呂が好きだと言う事も、もちろん認識されていた。
柱になる前からこの屋敷には来ているが、出迎えてくれた女将は相変わらず歳を取っていないように見える。屋敷の花風呂のせいだと彼女は言うが本当だろうか。
「今日は合同の任務なんですか?」
「え?合同…ですか?」
「あら、違いましたか。実は昨日から水柱様がお見えでして…」
「…み、水!?…案内していただけますか」
確かに今朝、水柱こと冨岡義勇には会わないととは思ったが、まさかこんなにも早く会えるとは思ってもみなかった。
そもそも冨岡に会うのは半年ぶりだ。
女将に案内され、更に奥の部屋へと進む。
ここだと言われた部屋の前には鬼避けだろうか、藤の花が飾ってあった。
「これは…あれ?」
振り向くと、そこには女将の姿は無かった。お礼を言いそびれてしまったかと肩を落とす。夕餉の時にでも声をかけようと気を取り直し、再度冨岡がいる部屋へ視線を向ける。
「義勇さん、名前です」
「…」
「義勇さーん?」
「……」
部屋の外から声をかけたが、冨岡の反応はない。これは風呂にでも行っているのか?
流石に異性の部屋だ、無闇に入ることは許されない。
中の様子を探ろうと、障子戸を少し開け部屋を覗いた時だった。
「え、ちょっと!義勇さん!!」
机の手前で冨岡が倒れていたのだ。
この非常事態に急いで部屋の中に入る。
自分が任務を任せていたから疲労で倒れたのか?それとも、鬼との戦闘で重症を負ったのか?色々な考えが頭を駆け巡った。
「義勇さ……あれ?」
「…すぅ」
倒れていた冨岡を抱き抱えてみたが、特に外傷はなく苦しんでいる訳でもなく、ただテンポの良い寝息が聞こえるだけであった。
布団にも行かないで、こんな所で無防備に倒れられていたら誰もが心配するだろう。
普段しっかりしている人だけあって、本当にこういう所はガサツである。
心配をして損をした。
「ちょっと、義勇さん。こんな所で寝ていたら風邪を引きますよ。向こうの部屋に布団を敷いてありますから、そっちで寝てください」
このままでは、夕餉の準備を終えた女将が冨岡を呼びに来て、同じ事が繰り返されるだろう。女将の事だ、声を荒らげて屋敷を走り回る可能性だってある。
そうなっては今夜の任務に支障が出るような気もするので、とりあえず冨岡をどうにかしなければならない。
頬を叩いても起きない彼を、とりあえず引きずって部屋まで移動させる。
両脇を抱えた状態で、自身を動かされているのに当本人はまだ起きない。睡眠が深過ぎる。
やっとの思いで部屋まで着いたが、布団に躓き名前も布団に倒れ込んでしまった。
「いった…」
「…ん」
冨岡を後ろ向きで引きずっていた為、仰向けの彼女に彼が上から覆い被さるような体制となっていた。流石に成人男性が上に乗っかっているのは重い。
「義勇さーん、そろそろ起きてください重いです」
「…ん…?」
「あ、おはようございます」
虚ろな瞳が名前の視線と重なる。
やっとこれで解放されると、彼女は安心しきっていた。
だが、彼の寝起きの悪さは柱の中で一二を争うと名前は知らない。
冨岡は虚ろな瞳のまま、彼女の手に自分の手を重ねる。仰向けに彼女が寝ているのをいいことに身体が動かせない様、両足で彼女を抑えた。
嫌な雰囲気に名前も気付いたのか、冷や汗が額に現れる。
「ぎ、義勇さん?ちょっと?」
「人が寝ていた所に入り込むとは、感心しない」
「もしもし?」
無表情の顔にうっすらと、笑みが現れる。
その瞬間、彼女は悟った。寝ている冨岡へ安易に近付いてはいけない事を。
「…帰さないからな」
ほら、簡単に騙された
(ぎゆう…さん…?)