真実のシェイクスピア

01たったひとつの紙切れで足る

最終選別から戻り、一夜が経った。
やはり布団で寝る事が1番だと、この一夜で心の底から思う名前がいた。山の中で野宿をしていたせいか、寝ても身体中バキバキであるが。
そんな身体にムチを入れ、起床すると嗅いだことのない甘い香りが鼻を刺激した。

布団をたたみ、香りを辿る。これは…西洋のパンの香りか…?いやちょっと違う。どちらにしてもとてもいい香りだ。
一番強く香る台所を覗けば、久しぶりの彼女が丁度調理をしている所であった。


「あ、お、おはよう!!名前ちゃん!」

「え!?蜜璃ちゃん!?」


自宅から持ってきたのであろう、フリフリの割烹着を着用した甘露寺がそこに居た。この匂いの正体は甘露寺が食事を作っていたからか。
いや…そもそもここは自分の邸なのに、何故彼女が中にいるのだろう。


「か、勝手に上がってごめんねっ!玄関空いてたから心配になっちゃって…」

「玄関空いてたの!?それは恥ずかしい…。でも良かったー気付いたのが蜜璃ちゃんで」


名前が言ったその言葉に、甘露寺は胸を高鳴らせ喜んだ。同じ柱で同性の甘露寺は、普段から食事を作りあっている料理仲間だ。
今回の件も名前がいきなり消えたのには驚いたが、特に心配はせずに大人しく待っていた甘露寺。彼女の事だから無理はしないと確信があったからだ。しかし、7日間も名前に会えないとなるとやはり寂しい。そして帰ってきた知らせを聞き、甘露寺は一目散に名前の邸にやってきたのだ。


「名前ちゃん、今ねパンケーキ作ってるの!!」

「パンケーキ…?この甘い匂いはそれだったんだね」


疲労回復してもらう為にいっぱい作るからねと、既に山積みのパンケーキを目の前にして甘露寺は張り切っていた。あの大量のパンケーキは名前1人だけでは完食出来ないが、甘露寺がいるなら大丈夫だろう。ちょっと作り過ぎな気もするが。
そんな彼女の優しさに、自然と頬が緩んだ。自分を心配してくれる仲間がいる事が、何よりも嬉しかった。


「聞いたよ〜最終選別に行ったって…」

「あはは…ちょっと気になってね」

「そうだろうと思ったわ!でもそんな名前ちゃんも素敵!」


キュンとしながらパンケーキを頬張る甘露寺。いつ見ても、彼女の食べっぷりは見ていて気持ちがいい。こんな女の子を嫌だと言う殿方は本当に目が節穴である。自分の顔を鏡で見てから出直してこい。


「伊黒さんがね、ずっと名前ちゃんの事心配してたのよ」

「…え、あの伊黒さんが?ちょっと意外」

「そ、そうかな?私ね、伊黒さんと文通しているんだけど、頻繁に名前ちゃんの話が出てくるのよ!」


まさか伊黒が自分の心配をしているとは思ってもみなかった。実はと言うと、名前は伊黒が少し苦手である。何かと文句を言われ、それが一瞬で終わればいいものをネチネチと永遠と言い続けるのだ。言われる身にもなって欲しい。どうせ、甘露寺との文通でもネチネチと人の事を悪く言っているんだろう。


「ちょっとなぁ…」

「えっ、なんで!伊黒さん、名前ちゃんはいつ帰ってくるの?とか、体調は崩してないの?とか、あ!早く会いたいとかも書いてたわ!!」

「まって、それは本当に意外過ぎて引く」

「えええ…絶対伊黒さん、名前ちゃんの事好きだと思うんだけど…」


「ほら、好きな子はいじめたくなるって言うじゃない?」とまだまだ、底の見えないパンケーキを頬張りながら言う。
そんな文通とかしている甘露寺の方が、伊黒に好かれている気もするがここは黙っておこう。でも、文通の内容が本当であれば、とんだ天邪鬼である。


「伊黒さん、可愛いわよね」

「…う、ん」

「信じてないでしょー!あ、丁度伊黒さんからお手紙来たわ!」


甘露寺の鴉が部屋の中に入ってきた。
口に文と見られる紙を加えている。その紙を甘露寺は受け取り、一通り読んだ後に名前へ見せた。


「ほら、みて名前ちゃん。伊黒さんには悪いけど、特別に見せちゃう!」


あまり期待をしていない文に目を通す。
すると目を見開くほど驚いた内容が記されていたのだ。


『甘露寺へ
今日は名前の邸へ行くと言っていたな。どうだ、名前には無事に会えたか。俺はあまり名前から良くは思われていないみたいだからな。顔を出すことは出来ないが俺も早く会いたいものだ。会ったら何を話せば良いだろうか。また、彼女の気を悪くさせてしまいそうだ。でも無事に帰ってきているだけで良いか。名前との話をぜひ、今度聞かせてくれ。 伊黒小芭内』


「あー!名前ちゃん顔真っ赤!そんな名前ちゃんも可愛い!!」

「どうしよう、伊黒さんに会う時どうしよう」

「じゃあ、伊黒さんの事『小芭内さん』って呼んであげるのはどう?自分だけ苗字で呼ばれてるってそれも手紙で気にしてたから!」

「…努力してみます」


甘露寺からもらった、甘いはずのパンケーキが恥ずかしさのあまり無味に感じたのは言うまでもない。



たったひとつの紙切れで足る
(あの手紙で伊黒さんのイメージ…変わりすぎだよ)
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