真実のシェイクスピア
15 不器用なスプーンですくって
しばらくして甘露寺が泣き止むと、彼女はふいに後ろを振り向いた。
その表情は、少し怒っているようにも見えた。
「蜜璃ちゃん?」
名前を呼んでも返事はない。
彼女の瞳にはオッドアイを持つ彼、伊黒の姿だけが映されていた。無言で見つめ続ける甘露寺に伊黒は気まずくなり、焦って目線を逸らす。
甘露寺は名前に「もう平気よ」と一言告げ、伊黒の方へと足を進めた。
「伊黒さん、本当はあんな事を話したい訳じゃないわよね?」
「…なっ」
甘露寺の思わぬ言葉に驚いたのか、逸らしていた目線を急いで合わせる。そして、目を見開いた彼の顔色がだんだんと赤く染まっていくのが分かった。彼の首元にいる鏑丸が彼の急な体温上昇に心配し、チロチロと頬を舐めた。
そんな鏑丸を優しく撫でた伊黒は、甘露寺を優しく退け、名前の方へと近づいて行った。
こっちに来る…!
もしかして、また嫌味を言われるのだろうか。実際のところ伊黒の嫌味は結構傷付く。
名前は覚悟を決め、ギュッと手を握り締めて目を瞑った。
しかし、彼から放たれた言葉は想像していたものとは真逆のものであった。
「…大丈夫だったのか」
…え?
「さ、最終選別に行ったのは大丈夫だったのかと聞いているんだ!」
伊黒から初めて聞く、心配の言葉。
少し言葉に棘があるが、一生懸命に発言をしているのが伝わる。普段見なれないその姿に、名前は思わず笑ってしまった。
「名前ちゃん!?な、何で笑ったの」
「だって…伊黒さんが初めて心配してくれたのに、顔も合わせてくれないんだよ。だけど、顔を赤くしながら一生懸命言ってる姿が何だか可愛らしくて…」
「な、!も、もういい。俺はあちらに行く」
「あ、伊黒さん!」
早歩きで去っていく伊黒の後ろ姿を追いかける名前。その背中は小さく丸まっているように見えて、とても微笑ましかった。
なんだ、こんな可愛いらしい人だったなんて。
早く気付けばよかった。
「伊黒さん待って!」
追い付き、名前は伊黒の右手を掴んだ。
しかし彼からの反応はない。後ろを向いたままだ。
「伊黒さん…さっきは笑ってごめんなさい」
「…」
「勘違いしないで欲しいのですが、本当にとっても嬉しかったんです。伊黒さんが初めて心配してくれて…。勇気をだして言って下さった、その姿がとても嬉しかった」
「でも、さすがに笑い過ぎだ」
「それは…ごめんなさい。…正直に言うと、伊黒さんの事は苦手でした」
「正直過ぎだぞ!」
「まぁまぁ。だけど、本当は私のことを心配して下さっているって分かった今、とても伊黒さんが可愛く見えます」
「か、可愛いだと…?」
「はい」
丸まっていた背中は伸びたのに、未だに顔は見せてはくれない。
「伊黒さん、こっち向いてください」
「嫌だ」
「伊黒さん」
「俺は…可愛く…などない」
「今はそう思うだけです。だけど、もし、可愛い以外の伊黒さんがあるなら…これから少しずつでいいので私に教えてくれませんか?」
「…」
「伊黒さんも…私のこと知りたいって思いませんか?」
「…思う」
顔を見せてはくれないが、先程より彼の耳は真っ赤に染まっているのが分かった。
本当に可愛らしい人だ。
少しだけ彼に近付けた気がする。
名前は握っていた手を、もう少し強く握った。
「小芭内さん」
「…!?」
彼女の言葉にやっと伊黒は振り向いた。
そこには思っていた通り真っ赤に顔を染め、恥ずかしそうに照れている伊黒の姿が。
そんな伊黒を見て、名前はまた笑う。
名前を呼んだだけでこんなにも赤くなるなんて。
「わ、笑うなっ」
「小芭内さん」
「…何だ」
「私、隣町の甘味処に行きたいんです」
「……来週…開けておけ」
「ふふ。はい!」
本当は優しくて、照れ屋。
今までの冷たい言葉は…しょうがない許してあげよう。
冨岡の件で頭がいっぱいだったが、今はもう大丈夫だ。
彼を信じる。
今、自分がしなければならない事だ。
「2人とも、始まる」
さぁ、真実を暴こうか。
不器用なスプーンですくって
(伊黒さんは可愛い人)