真実のシェイクスピア

14そうして優しい雨が降る

『冨岡さんも裁判の対象なの』

放った言葉が胸を締め付ける。
あんな真面目な人が一体どんな罪を犯したというのだ。
もし彼が何かを犯したならば、そんな冨岡を一人の『罪人』として判決を下すのは正直言って出来ないだろう。私情を挟むなんて言語道断だが、つい1ヶ月前まで一緒に任務をしていたのだ。思い返せば思い返す程、彼をこの手で粛清なんて出来ない。

「名前ちゃん?だ、大丈夫?」

「あ、ご、ごめん…ちょっと驚いちゃって…。何も聞かされてなかった…から。あの…何があったの…?」

「えっと、私も聞いた話だからあれなんだけど、冨岡さんも鬼を庇ったらしくて…。あ、だけど、本命は癸の隊士くんらしいから拘束はされてないみたい!今ここにいないのはきっと、冨岡さんなりの気遣いだと思う…」

「鬼を…庇う」


冨岡が隊律違反をするほどの鬼。
一体どんな奴なのだろうか。鬼に対しての怒りもあるが、やはり冨岡が裁判にかけられるのは心が痛く悲しい。
冨岡が優しいのは誰よりも知っている。
きっと彼にも事情があるに違いない。
名前は早く冨岡から事実を聞きたかった。


「『冨岡が心配』そう顔に書いてあるぞ」

「い、伊黒さん…」

「ふん、あいつも相変わらずだ。隊律違反は隊律違反。名前も情けをかけるなよ。何を考えているか分からないからな。俺はアイツを信用しない」

「…そんなっ」

「!伊黒さんっ、そんな言い方…名前ちゃんが可哀想だわ!」


伊黒と名前の会話に、甘露寺が口を挟む。伊黒の言っている事も分かるが、仲間なのだから心配して当然だと名前は思っていた。やはり、伊黒の反論する余地もない言葉はどうも苦手だ。

前に話した、甘露寺の話が本当ならば仮にも好きな女の前。そんな言葉で言われたら、話したくなくなってしまう。それを気付いているのだろうか。


「冨岡さんも何か理由があったのよ、きっと!大丈夫、名前ちゃん」

「蜜璃ちゃん…」

「今は冨岡さんを信じよう?」

「そうだよね。ありがとう」


甘露寺の言葉は、名前のざわついた心を落ち着かせる力があった。
きっとこれは何かの間違いだ。
柱である自分がこんなにも動揺してしまうとは、情けない。
でも、もし冨岡が罪に問われ斬首になったら?
また…自分の目の前で大切な人が居なくなるのだろうか。

そんな彼女の事を甘露寺は、切なそうに見つめていた。
彼女をこの場で支えてあげることができるのは自分しかいない。

震える名前の手を甘露寺は握った。


「大丈夫よ、名前ちゃん」


さっきまでの元気な彼女とは別人で、顔を真っ青にし、冷や汗をかいている。

もう二度と彼女の大切な人を目の前で失わせたくないのに。

『大丈夫』

そんな言葉しか言えない自分に、腹を立てた。無意識に名前を握りしめている手に力が入る。
一層強くなった甘露寺の温もりに、名前は何かを感じたのか、彼女もギュッと強く握り返した。

「…私がしっかりしなきゃダメだよね」

「名前ちゃん?」

「柱なんだから、しっかりしなきゃね!」


そう言うと、名前は両手でパチンと自分の頬を叩き平常心を取り戻した。
頬にヒリヒリと痛みが残るがそんなものは気にしない。


「ど、どうしたの!?」

「大丈夫、義勇さんを信じてる。間違いを犯す人じゃないって分かってる」

「名前ちゃん…良かった…」


もう名前の手は震えていない。
いつもの調子に戻った彼女を見て、甘露寺は涙目になった。


「えっ、蜜璃ちゃん泣いてるの!?」

「だって…ぇ…名前ちゃんが心配で!」

「ごめんね、ごめんね。もう大丈夫だよ」


名前は泣いている甘露寺の背中を優しく撫でた。
こうやって心配して隣にいてくれる友がいるのに、弱気な自分が恥ずかしい。彼女が言った通りきっと『大丈夫』だ。


「蜜璃ちゃん、可愛い顔が台無しだよ?」

「名前ちゃんっ…の…方が…可愛いの…わぁぁん」

「よしよし」


素敵な友人がいて自分は幸せだと、名前は心の底から思ったのだった。




そうして優しい雨が降る
(いつも誰かのために優しい涙を流す彼女は、私の自慢の友人)

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -