真実のシェイクスピア
10じわりじわりと滲む君の体温
「すぅ…」
夜も深まり出す頃、夜風が当たる縁側で少年は寝息をたてていた。きっと泣いたから疲れたのだろう。名前の羽織に包まれた千寿郎は、安心しているかのようにうっすらと笑顔を浮かべていた。
そんな千寿郎を横に、名前も夜風に当たりながらある人物を待つ。
少し前に鴉を飛ばしたから、もう直ぐ来るはずだ。
「ヨク寝ルナ、コノ子供ハ」
「育ち盛りだからね。子供って言っても、年頃の男の子だよ…。起きてる時に言わないでね」
「フン。…!地響キダ、来タゾ」
鴉の声の後、少しだけ周りの気温が上がる。
夜風に靡く炎を象徴とした羽織。
月あかりに照らされたその人は、双眸を見開いた眼力で名前を見下ろした。
「中庭から邪魔をする!!!」
「今何時だと思ってるの!うるさい」
「む」
塀から飛び降り、名前の目の前へ着地する彼。
そう、名前の前にいるこの人は炎柱 煉獄杏寿郎である。彼女の隣にいる千寿郎と瓜二つな顔立ちだ。さすが兄弟。
寝てしまった千寿郎の迎えにと、名前は杏寿郎を呼んでいた。
「久しいな、名前!半年ぶりか!」
「そうだね、杏寿郎は相変わらずで何より」
「うむ!それよりも何故、千寿郎が名前の邸にいるのだ」
「私が誘ったの」
事の流れを杏寿郎へ話すと、彼は千寿郎の頭を静かに撫でた。その姿は弟を大切に思っている兄そのものである。
そんな優しい表情をしている杏寿郎に、何故か見とれている名前。
「…そんなに見られると穴が開くのだが」
「え、あ、えっとごめん!」
「何をそう見ていたんだ?」
「いや、その、杏寿郎が兄だなと」
「?そうだが」
杏寿郎とはほぼ同じタイミングで柱になった。初めは何を考えているのか分からず、彼の様子を伺うばかり。しかし、何度か話をしていくうちに、杏寿郎と打ち解け仲良くなった。
普段何も考えていないくせに、任務の時は頗る頭が冴え、彼の判断力で右に出るものは居ない。そういう所で本領発揮をするのはずるいと思う。
「お父さんとはどう?」
「相変わらずだ」
「そっか…」
「ははっ、落ち込むな!お前が気にすることでは無いぞ」
「ごめん…」
「む、お前らしくないな!元気をだせ!だが…」
『感謝する』
杏寿郎は、名前を見つめては静かに呟く。
優しく微笑んだその表情は、いつもの威圧感があるものではなく、思わず吸い込まれてしまいそうな表情だった。
思わずフイっと視線を逸らす名前。
「名前、熱でもあるのか!?顔が赤いぞ」
「だ、大丈夫!!ちょ、額を触らないで!」
「ははっ!遠慮する事は無いぞ!何かあってからじゃ遅いからな!」
「〜っ!!ちょっと、私の方が歳上なんですけど!」
「気にするな!!」
「気にするわ!!」
懐かしいと感じたこの時間。
隣に座る杏寿郎の肩が少しだけ触れて、夜風に当たる名前の身体をじわじわと温めていった。
じわりじわりと滲む君の体温
(何だか眠くなってきた…)