真実のシェイクスピア
09夕餉は冷めても心はとても暖かい
「…名前さん…沢山食べるんですね?」
「今日は特別」
「な、なるほど」
無理矢理連れてきた千寿郎を前に、ヤケ食いを始める名前。鴉の話といい、助けに行けないもどかしさといい、全てにむしゃくしゃした彼女は食事でストレスを発散しようと、帰宅してから大量の食事を作った。
彼女の食べっぷりに半ば引いているの千寿郎。
「遠慮せずに食べてね」
「あ、はい。ありがとうございます」
勢いよく食事をしている彼女を前にして、いただきますと両手を合わせて食事を口にする。自分よりも歳下なのに、食事をする姿はまるで大人のように綺麗であった。育ちの良さが振る舞いから出ている。
思わず彼の姿に笑みがこぼれた。
「美味しいです!」
「良かった良かった。千寿郎くん、毎日家事全般してるでしょう?たまには息抜きもしなきゃね」
「そんな…。それしか出来ないので…」
「『それしか』なんて言わないの。『そんなに』出来るなんて凄いよ」
「名前さん…」
千寿郎の大きな瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。唇を噛み締め、何かを我慢しているその姿に少しだけ心が痛くなった。
「いつでもおいで。一緒にご飯食べよう!」
「邪魔じゃありませんか…?」
「そんなわけないよ!誰かと食べるご飯は美味しいから」
名前は箸を置き、千寿郎の隣に座る。
涙を我慢している彼の頭を優しく撫でると、一瞬驚いた顔を見せたがポロポロと涙を零し始めた。
そのまま千寿郎が落ち着くまで、名前は撫でる手を止めなかった。
……………………………………………
「落ち着いた?」
「すみません…ご迷惑おかけして」
「またそうやってマイナスな事言う」
「すみま…「謝るの禁止」」
数分後、千寿郎の涙が収まり、名前も自分の席へ戻る。
目を赤く腫らした彼を見て、色々我慢をしていたんだなと痛いくらいに分かった。
煉獄家は母を亡くしてから、大変だったと聞いている。兄の杏寿郎も炎柱という階級にいるのだから、家に居ることは少ないだろう。きっと毎日寂しい思いを千寿郎はしているはずだ。
「姉上が…いたらこんな感じなのでしょうか」
「え?」
「すみまっ…いや、あの、僕は兄上だけなので…その、姉上がいたらこんな風に色々と話せるのかなって…」
「千寿郎くん…」
時任の時もそうだが、名前は歳下にとても弱い。甘えられたら、最後まで面倒を見たくなってしまう。
「お姉さんだと思って、接してもいいからね?」
「!?」
「千寿郎くんが弟なら私も頑張っちゃうよ!!お料理一緒に作ったり、お掃除したりお買い物したり…勉強は…教えられるか分からないけど、とにかく!…甘えて良いんだからね?」
「名前さんは、僕を泣かす天才です」
「えぇ!?そんなの嫌だけど!?」
「…っ…ふふ」
涙を流しながらも笑っている千寿郎に、母性本能をくすぐられる。
守ってあげたい。
そんな事を思うなんて自分でもびっくりだ。お姉さんは、可愛いものにやはり弱い。
「でも名前さんが兄上と結婚したら、本物の姉上になれますよね?」
「はい?」
「それもいいかもしれません」
「ちょっと?話が…進み過ぎじゃない?戻っておいで」
沢山話して食事は冷めてしまったけれども、一緒にいるその空間がとても暖かく、冷めた食事でも十分に美味しく感じる事が出来た。
もう少し君と話していよう。
夕餉は冷めても心はとても暖かい
(いっぱい食べて話して、ストレスなんてどっか行ったよ)