こんな気持ちは初めてだ。
俺が変になったのはお前のせいだからな。


伊黒芭内の場合


名前との出会いは甘露寺の紹介だった。
自分が甘露寺の事を好きだったのは認めるが、それは先に言おう。過去の話である。
名前が自分と文通をしたいと、甘露寺から聞いたのが始まりであった。
甘露寺の頼みであればと引き受けたが、まんまと名前の沼にハマってしまった訳だ。

懐かしいなとそんな過去を思い出させたのは、部屋を片付け名前との文が出てきたからであった。


「見ろ、名前。お前からの文だ」

「ちょっと小芭内さん…恥ずかしいからやめてください」

「どれどれ…『伊黒さんへ 突然の文で申し訳ございません。昨日…』「きゃーやめてください!!」」


反応する彼女が可愛くつい意地悪をしてしまう。伊黒の行動が悔しかったのか、名前も物置をガサガサと探し始めた。しばらくすると、彼女も文の束を握りしめて伊黒に見せつける。ニヤリと笑えば、紐を解き彼の前で文を開いた。


「『名前へ 何度も文を書いてすまない。お前の事が気になっ』「や、止めろ馬鹿!!」」

「仕返しです」


お互い掃除が進まないタイプである。
でもこうして文通していた文を今でも大事に持っているという事は、自分達にとって思い出深いものなのだろう。もしあの時、文通をしていなかったら出会って無かったかもしれない。きっかけをくれた甘露寺にも感謝である。


「ねぇ、小芭内さん」

「なんだ」

「たまには文通しませんか?」

「同じ屋根の下にいるのにか?」

「細かい事は気にせず。私はあちらの部屋で書いてきますから!」


半ば強引に文を書くことを決定される。
昔からネチネチうるさい伊黒を差し置いて、大体名前が物事を決めることが多い。そんな伊黒も名前が決めたことに対して反対意見も無いのだから、何も言えない。
ネチネチ言うのはただ構って欲しいと、名前は結婚する前に気付いていた。
伊黒にはあえて、その事は言ってない。伝えれば、へそをまげるのが目に見えてわかるからだ。

そんな伊黒は硯と筆と紙の前で、止まっていた。急に文を書けと言われても、普段から一緒に居る訳なのだから書くことが…ない。
昔はその日あった事など書いていたが、いざもう一度書くとなると難しいものだ。
伊黒が頭を悩ませていると、首に巻き付いていた鏑丸が紙が置いてある机へ降りた。そして何かを訴えかけるように伊黒を見る。


「…今の気持ちを素直に書けと言うのではないだろうな」


机の上に降りたはずの鏑丸が、また伊黒の首へ戻った。どうやら正解のようだ。
彼はため息をついたが、文を書ける内容はそれしかないと筆を握った。


『伊黒さんを好きで何が悪いんですか。信用されていない事はわかっています!伊黒さんに何があったか教えてくださらないので分かりませんが、私は今の伊黒さんが好きになったんです!文句があるならネチネチしてないでハッキリ言ってください!!』


筆をある程度進めた時、彼女の盛大な告白を思い出した。忘れられない彼女の言葉。今思うと、正直者過ぎるくらいだ。
でも、そのおかげで彼女をもっと知りたいと思った。
あの日を思い出し、くすくすと伊黒は笑う。
今、自分の顔に包帯が巻かれていないのも彼女がありのままの自分を受け入れてくれたからであった。


「小芭内さん、出来ましたか?」

「あ、あぁ」

「では交換して…顔を合わせないようにまた別部屋で読みましょう」


お互い家にいるのに文通なんて変な光景だが、何故か名前から貰った文を読むのが楽しみであった。可愛い蛇の絵が書かれた文を開く。この絵は彼女から来る文、全てに書かれていた。その絵を見てまた「懐かしい」と呟いた。


『小芭内さんへ
突然、文通したいと言ったことをお許しください。実は小芭内さんに言いたいことがあるのです。直接では恥ずかしいので、文にて失礼します。私のお腹の中には…』


「小芭内さんとの子どもがいます……!?」


文を持つ手が震えた。何度も読み返すが、間違いない。直ぐに名前がいる部屋へと文を握りしめて向かった。そんな、まさかと伊黒の頭の中はパニックである。


「名前!!!…って…な、なぜ泣いているのだ!?」


これもまた予想外で、更なるパニックが伊黒を襲う。名前は涙を拭って立ち上がり、呆然としている伊黒を抱き締めた。
彼女の涙の理由は伊黒が書いた文であった。鏑丸の提案により、今の気持ちを込めた文を見た名前は感動のあまり涙を流したのだ。普段、恥ずかしがって言わない感謝の言葉や愛の言葉がたくさん詰まっている。それがとっても嬉しかった。


「伊黒さん、ありがとうございます。あと…脅かしてごめんなさい」

「こ、子どもというのは…本当か」

「はい」

「しかし俺は…」

「『汚れた一族』って言うんでしょう?」

「!!」


「知ってました」と言うように名前は、的確に当ててきた。
そうだ、本当は素直に喜びたい。けれども自分の出自が「汚れた一族」であるが為に、子どもにまで迷惑をかけるのではないかと心配になっていた。これから生まれてくる子どもは幸せになれるのかと。


「小芭内さん、今幸せですか?」

「あ、当たり前だろう」

「じゃあ大丈夫ですよ。私はあなたの外見も中身も全て好きになりました。今幸せです。私は必ず自分の子も幸せにしてみせます」


だから、付いて来てくれませんか?


彼女の言葉があの日の事を思い出させた。
『私が伊黒さんを幸せにしてみせます。だから付いて来てくれませんか?』
大事な所で躓く伊黒に変わり、求婚を申し込んだ名前。その日と今日がぴったりと重なった。


「…いつも名前は先を行くな。俺だってお前と歩幅を合わせる事くらいできる」

「…!だ、だってそれは小芭内さんが決めないから…」

「お前の言葉で全て吹っ切れた。こんな気持ちは初めてだ。俺を変にさせた責任は…死ぬまで取ってもらうぞ」


もうなにも怖くなどない。
怯えていた自分を笑ってしまうほどに。


「俺が名前と子どもを幸せにさせる。だから…俺に付いてこい」

「…はい」


伊黒が名前の前に手を差し出すと、彼女は彼の手を優しく取った。
名前が今までエスコートしてくれたように、今度は自分が彼女を導く番だ。
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