ずっと愛せる自信があるぞ。
煉獄杏寿郎の場合
「せ、千寿郎くん」
「あ、はい名前さん、どうされました?」
彼女の旦那に瓜二つな顔立ちの彼の名前は、煉獄千寿郎。杏寿郎の弟である。
名前はある事を相談したく、彼を尋ねた。運良く杏寿郎は任務でに自宅を留守にしている。この時を狙って、彼の実家にやって来たのだ。
「言ってくだされば、僕が行きましたよ」
「そんな悪いよ。自分の事で、千寿郎くんと話したいのに」
「本当に昔から、そういう所は変わらないですよね名前さんは」
煉獄家とは幼なじみの名前。千寿郎が生まれた時も知っている。昔は自分より身長が小さかったのに、今では自分の身長を優に超えている千寿郎。兄とそこまで変わらない身長差に、少しドキリとした。まるで自分の旦那と話しているみたいだ。
「実は…子供が出来まして」
「!?え!?」
杏寿郎とは正反対の眉の形が、一瞬つり眉になった。驚きの余り、名前の両肩を千寿郎は掴む。
「いや、あの、僕が先に聞いて良かったんですか!?!?」
「あはは…。き、杏寿郎に言う時に緊張しちゃって絶対言えないから…千寿郎くんで練習しようと…」
「名前さん、さすがに僕でも呆れます」
「そ、そんな…」
それもそうだ。
名前と杏寿郎の間に出来た、新しい生命である。それなのに、関係無い千寿郎が先に聞いてしまうのは罪悪感があった。
何より、自分が慕っている兄に隠し事をするようであまり気持ちよくは無い。
でも、甥か姪が出来るのはとても嬉しい事だ。少し名前の事を責めてしまったが、内心は叫び出しそうなくらい喜んでいる。
「でも、まぁ、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます…」
「早く兄上に言ってください。僕が先に知っているのはなんだか嫌です」
「…顔みて言える自信が無い」
自分には直ぐに言ったではないか。と一言出かかったが我慢した。だいたいいつもそうだ。兄への好意を気付いた時も、告白する時も、逢瀬をする時も、何かと千寿郎に相談しに来る。頼られるのは嫌なことでは無いし、むしろもっと頼って欲しいとは思うが、いくらなんでももう少し自分で考えた方がいいと千寿郎は考えていた。
「いいですか?兄上が帰ってきたらその場で言うんですよ」
「う…分かった」
「僕には言えたのですから」
「そうだけ…「ここに名前はいるか!!」」
ギクリ。
この声は名前達が絶賛、話題に出しているあの人物である。
任務に行ったのでは?と一瞬疑問に思ったが、まさか実家に来るとは。
思わず千寿郎の後ろに隠れる名前。
「む、何故千寿郎の後ろに隠れているのだ」
「名前さん」
「ば、ば、バレますよね…はは」
千寿郎の背中からチラリと顔を出す。
見開いた双眸は名前を離してくれない。
だが、何故だろうか。いつもの雰囲気と今日は別であった。
「家に居ないかと思えば、ここにいるとは」
「杏寿郎…?」
「最近の名前は、まともに話をしない。そのくせ千寿郎とは楽しそうに話すのだな」
彼は怒っていた。
最近の名前の行動が目についたのだろう。
名前に悪気はないのだが、杏寿郎とあまり話もせず、顔を見れば目線を逸らすし、何も知らない杏寿郎からしてみれば『何かある』と思わずに居られない。
ましてや、自分の弟である千寿郎とは仲良く話しているのだ。今だって千寿郎との距離が近い事が気に食わなかった。
これは完全なる杏寿郎の嫉妬である。
「名前さん!!!」
これに気付いた千寿郎は、後ろに隠れていた名前を自分の前に差し出した。
このままでは、二人はすれ違ってしまう。
彼女の気持ちも分かるし、自分は男であるため兄の気持ちも分かる。
二人のことが好きだからこそ、すれ違って欲しくない。
「兄上、名前さんから言いたいことがあるそうです」
「言いたいこと…?」
この状況に杏寿郎はまだ納得していない。
『言いたいこと』なんて、このタイミングで考えてみれば別れ話が頭をチラつかせる。
どうしたものかと杏寿郎は、溜息をつき頭を抱えた。
そして名前も焦っていた。
自分のせいで彼を怒らせてしまっている。
早く言わなければ。と思ってはいるものの、中々千寿郎の背中から出る事が出来なかった。そんな時に千寿郎は名前を杏寿郎の前に出したのだ。
驚き少し後ずさったが、ここまで来たら言うしかない。呼吸を整え、息を吸った。
「き、杏寿郎との子供が出来たの!!!」
その声の大きさは煉獄家全体に響き渡った。
もちろん目の前にいる彼の耳にも聞こえている。いつもより更に瞳が見開いていた。
「よ、よもや…あ、赤子だと…?」
「ごめんなさい!どうしても杏寿郎の前だと緊張しちゃって…挙動不審になっちゃた」
チラリと杏寿郎の顔色を伺う。
先程の表情とは違い、彼は優しく微笑んでいた。名前が千寿郎と一緒にいた理由も伝えると、納得してくれたが少しムッと顔色を変えた。
「千寿郎と一緒にいた理由は分かった!しかし、俺に一番に言わなかったのは気に食わん!」
「はぁ…ほら、名前さん言ったじゃないですか」
「あ、あはは…は」
「罰として今日はサツマイモの味噌汁を作って貰うぞ。わっしょい!」
「お、仰せのままに」
千寿郎にお礼を告げ、実家を後にする。
少し歩いた所で杏寿郎が脚を止めた。
すると、自分の羽織を片腕で名前に被せ、後ろから見えないよう彼女に接吻を落としたのだ。突然の事で驚く名前。
「先程は千寿郎の前であるから何も言わなかったが、本当に俺は嬉しい」
「杏寿郎…」
「名前に出会った事、名前と結婚した事、名前との間に赤子が出来たこと。全てが運命だ!この先もずっと一緒に居よう」
「…もちろん」
お互い見つめ合えば、ニコっと笑いあったのだった。
そんな彼らの後ろ姿を千寿郎は見つめていた。もちろん、先程の接吻も彼らは隠していたが…全て見ていたわけで…
「はぁ…今度来た時お説教です!」
と頬を膨らませた。
だが…誰よりも二人の幸せを心から願っている。