俺が死んでも守り抜いてやるからな。
不死川実弥の場合
「不死川…もう帰りか?」
「悲鳴嶼さん」
「あの不死川に嫁が出来た」
その噂が鬼殺隊に広がって早1年が経とうとしていた。
最初は誰も信じてはいなかった。
それも其のはず、常に眼を血走らせ短気な性格の不死川だ。そんな奴に結婚なんぞ出来るわけないと皆思っていた。
でも気にはなる。ただ、話し掛ける勇気など更々ないのが隊員の現実だ。そんな中、鬼殺隊の代表として不死川に声を掛けたのが煉獄であった。まぁ彼の場合は特に不死川の事はなにも思っておらず、気になるから聞いただけに過ぎないのだが。
煉獄の言葉に、面倒くさそうな態度をとったが彼はその事実を認めたのだった。
最近では不死川の嫁を直接見た者も多く、その噂は事実である事が証明されてきている。
まぁでも、嫁が出来たことを一番驚いているのは不死川本人である事には間違いは無い。
「最近は会わなかったな」
「任務が立て続けに入ってたんで」
偶然、鉢合わせた悲鳴嶼と久し振りの会話をする。柱は忙しい為、柱同士顔を合わせるのは中々ない。酷い時は前回の柱合会議の時から次回の柱合会議まで会わない時もある。
そう思うと、この出会いはなんだかんだ奇跡だ。
悲鳴嶼も久し振りの不死川をずっと見下ろしていた。彼は盲目ではあるが、とても思慮深く何を考えているのか本当に分からない。
「少しばかりか丸くなったか」
「は…?ふ、太ったって事ですか」
鍛錬は怠っていないはずだ。
しかも、前よりもストイックにしているはずなのに。
嫁の美味い食事を食べ過ぎただろうか。
「違う。性格が丸くなったと言う事だ」
「…」
「お館様に敵愾心を持っていた頃とは大違いだ」
「…それは忘れてください」
過去の事を語られるのは苦手だ。
産屋敷に暴言を吐いた、例の柱合会議の話なんて特に思い出したくなかった。今では忠誠を誓っている産屋敷にあんな事を当時言ったかと思うと、無礼極まりない。切腹してもいいくらいだ。
「せ、性格が丸くなったと何故思うのですか」
「話し方、呼吸の仕方、雰囲気。全てが変わっていると思ったからだ」
お前が丸くなったことはいい事だ。
と一言言い残せば、悲鳴嶼は背を向けその場を離れていった。
本当に不思議な柱最強の男である。
…………………………………
「実弥さん、どうかしました?」
「え、いや何でもねェ」
「ご飯が美味しくないとか?」
「それは絶対違う」
自分の屋敷に帰ってからも悲鳴嶼の言葉が気になっていた。
特に変わった事はないと自分では思うのだが、悲鳴嶼が言っているのだから変わったのだろう。
まぁ確かによく考えてみれば、最近部下から前よりは話しかけられるようになったかもしれない。ただそれは、不死川が結婚をしたという噂を聞いて本当か確かめたいと思っているからだと思っていたが。
「なァ、俺って丸くなったか」
「性格ですか?」
「あァ」
「はい、とっても」
不死川の嫁、名前は箸を置いてにっこりと微笑んだ。その微笑んだ姿にドキリと胸が高鳴る。
「同僚にでも言われたんですか?」
「同僚じゃねェけど…」
「では、その方はよく実弥さんの事を理解してらっしゃるんですね」
理解しているのかは分からないが、悲鳴嶼は何かと自分を気にしてくれている。
本当に彼は目が見えないのかと疑う程、行動や態度、気分などを理解してしまう。目が見えない代わりに、聴覚や嗅覚に感覚に冴えているんだろう。
二人が言うように、本当に丸くなったとすればそれは名前のおかげかもしれない。
こんな性格含め、全て受け入れてくれた女性だ。そんな彼女の優しさに、不死川も影響されているのだろう。
「名前のおかげだ」
「私?」
「そうだ。オマエが俺と出会ってくれたから」
「ふふ、嬉しいです。じゃあ実弥さんが父親になったらもっと丸くなるんじゃないですか?」
「だいぶ先だなァ」
「案外直ぐですよ」
「…は?」
不死川は目を丸くした。
彼女はまたにっこりと微笑んでいる。
「あと、7ヶ月後には父親です」
そう言って、名前は自分のお腹をさすった。まさか、本当に…?
「本当ですよ?」
不死川の考えを読み取ったのか、真実を告げる。どうやらこれは本当のようだ。
自分が父親になるなんて考えてみなかった。
この喜びをどう彼女に伝えればいい?
どう…表せばよいのだろうか。
「…ッ」
「え?さ、実弥さん泣いてるんですか!?」
「…泣いてねェ」
「ふふ。本当に本当に喜んでくれてよかった」
玄弥と自分が生き残ってからもう何年経っただろうか。今でも時折、家族は自分を憎んでいるのではないだろうかと思う時がある。
玄弥が幸せになればそれでいい、それが長男の役目なのだから。
けれども今、こうして結婚もし子どもも出来た。その幸せが怖くなる。
「すまねェ…自分だけ幸せになって」
そんな事を口に出せば、ピンッと自分のおでこを指で弾かれた。
ハッと我に戻り、視線を正面に戻すと名前が今にでも泣きそうな顔をして不死川を見ていた。
「もう、私たちは実弥さんが居ないと生きていけないんです。実弥さんが守ってくれないと…安心出来ないんです。だから、私たちを守ってくれる代わりに、私は実弥さんに幸せを与えたいんです…それで…いいじゃないですか」
そうだ。今の自分には守るべき人がいる。
あの頃の力がない自分ではもうないのだ。
今度こそは、家族を失ったりなどしない。
もう二度と同じ過ちは繰り返さない。
「大丈夫だァ…俺が死んでも守り抜いてやる」
「死んだらダメです」
「…厳しいんだな」
失った家族に与えたかった幸せを、今度は新しい家族に与えよう。
そして、自分も名前たちと一緒に幸せになりたいと心の底から彼は思ったのだった。