俺は鼻がいいんだ。
だから君が何か隠していることくらい直ぐに分かるよ。


竈門治郎の場合


炭治郎は幸せを与える側の人間である。

昔から名前はそう思っていた。
結婚する時も、彼は「禰豆子の花嫁姿を見てから」と自分を後回しにしていた。
でもそんな炭治郎の事を名前は好きであるし、そこが惚れた理由でもある。

そんな彼と夫婦になって2年経ったある日、彼女は体調不良に悩まされていた。
時折吐き気がするし、なんだか熱っぽい。
そして下半身がチクチクとたまに痛み出す。

何か変なものでも食べただろうか。
こんなにも体調不良が長引くのは初めてだった。


「あの…こんにちは」

「あら、名前さん。どうしたんですか?珍しいですね」

「実は…」


心配になった名前は蝶屋敷へ来ていた。

名前が体調を崩す事はあまりない。
崩したとしても1日で大体は治る。
胡蝶がいる蝶屋敷には、炭治郎の見舞いくらいしか足を運ぶことはないのだ。

一通りの問診と検査を受けたあと、胡蝶は笑顔で彼女に診断結果を告げた。


「おめでとうございます!妊娠してますよ」

「え!!に、妊娠!?」


まさかの結果に驚きを隠せない名前。
確かによく考えてみれば、生理が来ていない。その時点でおかしいと思うべきだった。


「はい。安定期にもまだ入ってませんので、できる限り安静にしてください。流産するリスクを抑える為です」

「そんなこと言われても…」


炭治郎は絶賛長期任務中である。
家事は自分がしなければならない。

そんな名前の気持ちを読み取ったのか、胡蝶は名前の肩に手を置いた。


「炭治郎くんの事であれば大丈夫です。きっと今日には帰れると思いますよ。今朝、連絡がありました」

「ほ、本当ですか。良かった…」

「はい。ですから、早く帰って栄養があるものを沢山食べましょうね」


名前は安堵し、蝶屋敷を後にしたものの彼女は悩まされていた。

なんて話せばいいのか。

名前はその事ばかり考えていた。今日話そうとしても、長期任務を終えたばかりだ。疲れて彼も早く休みたいだろう。

そもそも彼は喜んでくれるだろうか。
まだ早いと怒られるのではないだろうか。
色々な最悪の結果が飛び交って、彼女の頭の中はぐちゃぐちゃである。


「名前?」

「え、あ…炭治郎」


誰かに呼ばれたかと思えば、その相手は名前の悩みの種…炭治郎であった。
気付けばもう家の前まで帰って来ていた。

そして炭治郎に会うのが早すぎる。
もう少し考える時間を…下さい。


「た、炭治郎おかえり。早かったね」

「あぁ、思ったより早く任務が終わったんだ。名前は俺がいない間、大丈夫だったか?」

「う、うん」

「そうか!安心し…」


途中で言葉が切れた炭治郎。
腕を組み、名前をじっと見つめていた。


「言ってごらん、大丈夫だ」

「え?」

「何か言えないことでもあるんだろう」

「…」

「俺は鼻がいいんだぞ?」


炭治郎は名前を抱きしめると、安心させるように背中を撫でた。
あぁ、やっぱり彼に隠し事は通用しない。
こんなにも迷っていたのに今はもう、彼に早く伝えたいって思ってしまうなんて。


「…今日、蝶屋敷に行ってきたの」

「え?しのぶさんの所にか?どうした、どこか怪我したのか!?」

「ううん、あのね…」



妊娠してたんだ。



「えっ!?!?」


なんて言われるのだろう。
怖くて彼を見れないままの名前。
炭治郎を抱きしめる手に力が入る。

少しの沈黙の後、また優しく背中を彼は撫でた。
見上げれば、少し顔を赤らめた炭治郎が笑顔で名前を見つめていた。


「ありがとう、本当に俺は幸せ者だ」

「幸せ?本当に?」

「あぁ。名前という可愛いお嫁さんを貰って、そして…その可愛いお嫁さんの間に愛しい命が芽生えたんだ。もうこれ以上に幸せな事はないだろう?」


彼は幸せを与える側の人間である。
だから彼は幸せと感じているのだろうか、と昔から考えていた。
でもそんな心配は必要なかったのだ。
隣にいる名前が常に幸せを与えていたのだから。


「名前、俺と出会ってくれてありがとう」


名前から香る『しあわせの匂い』を噛み締めながら、炭治郎は彼女に甘いキスを落とした。
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