俺がどれだけお前の事を好きか、分かっていないだろう?
一生をかけてお前を愛してやるから、覚悟しておけ。


兎の場合
※生存if


「錆兎?そんな深刻そうな顔してどうしたの?」

「聞いてくれ、真菰」


彼は今日、ある相談をしに幼馴染の真菰の邸にやって来ていた。
普段の凛々しさとは違い、今日はおどおどと落ち着きが無い。彼が決まってそんな様子になるのは、『彼女』の事が関係している。

真菰は読んでいた本を閉じ、錆兎を部屋に招き入れた。


「で?どうしたの錆兎。義勇じゃなくて私に相談って事は、名前ちゃんのことでしょう?」


「何故分かる」と言わんばかりの表情を真菰に見せる錆兎。
いつもは男らしく凛々しい姿なのに、自分の妻の事になると余裕が無い姿になる。
自分が分かりやすい事ぐらい、そろそろ分かった方がいい。
とは言いつつも、そんな錆兎の姿を見るのが、真菰にとって楽しみの一つになっている。


「名前がおかしい」

「おかしい?なんで?」

「最近顔を見て話さない。挙句の果てには、直ぐに俺の前から逃げるんだ」

「へぇー」

「なっ!事は深刻だぞ。何故お前はそんな無関心なんだ」


真菰は閉じた本をもう一度開いて読み始める。

名前とも仲が良い彼女は、事の全てを知っていた。名前の事だから、きっと錆兎にまだ『あのこと』を言えてないのだろう。
数日前に、『不安で話せない』と相談に来た名前の事をふと思い出す。

この夫婦は相手の事となると、必ずと言っていいほど自分の所に相談しに来る。
いつからここはお悩み相談室に変わったのだろうと、真菰はため息をついた。

だが、そんな二人を放っておけないと思っているのも確かである。


「きっと錆兎が思ってる程、深刻じゃないよ」

「何故言いきれるんだ。夫婦の会話が減り、お互いすれ違っているんだぞ。意味がわからない」

「え、意味が分からないのは錆兎の方だよ。気にしすぎ」

「いや、だが…「嫌われたんじゃないか?」

「「義勇!!」」


錆兎と真菰の会話に入ってきた人物は、こちらも幼馴染の冨岡義勇である。
いきなりの第三者登場に、錆兎も真菰も驚いた。
今日、冨岡が来る予定は無かったはず…。

そんな彼は容赦なく部屋に入り、錆兎の隣に座った。表情は変えず、淡々と話を続ける冨岡。


「仲良かった夫婦がすれ違うのは嫌われている以外ないだろう。気付け、錆兎」

「お、お前…言って良い事と悪い事があるぞ。第一、俺はお前みたいに嫌われる事はしていない」

「…俺は嫌われてない」

「はいはい、二人ともストップ」


二人の間に入り、会話を辞めせる。

昔から彼らの言い合いを止めてきた真菰。
本当に幾つになっても男というものは変わらない。
もう少しデリカシーと言う言葉を覚えて欲しいものだ。まぁ、幼馴染だから良い所も悪い所も言い合えるのもあるのだろうけど。


「錆兎は名前ちゃんの事が大好きなんでしょ?」

「当たり前だ。初めて心の底から愛したいと思った相手だぞ。それは今も昔も変わらない。これから先何があっても、俺は名前を愛し、守り続けたい」

「あらまぁ、お熱いこと」

「だそうだ、名前」

「「え?」」


冨岡が「名前」という名前を口に出すと、扉の影から錆兎が想っている相手が顔を見せた。
突如現れた自分の想い人に、錆兎は口を開け固まっている。真菰もまさか彼女がいるとは思っていなかったのか、錆兎と同じように固まっていた。


「ここに来る途中偶然会った。錆兎を探している様子だったから連れてきた」

「義勇、お前そんな大切な事、何故早く言わなかったんだ!」

「部屋に入ろうとした瞬間、お前が名前の話をしていたからな。気まずくもなるだろう」


やっと表に出てきた彼女は、顔を真っ赤にし俯いている。先程の錆兎の告白が効いているのだろう。
そんな名前に真菰が声をかけた。


「名前ちゃん、錆兎は名前ちゃんの事、ちゃんと想ってくれているよ。大丈夫だよ」

「うん…」


先程まで言い合っていた男二人は頭にクエスチョンマークを浮かべている。特に話が見えない錆兎は真菰に説明を求めたが、彼女は小さく頷くだけで何も言わなかった。

ずっと俯いていた名前がやっと顔を上げ、錆兎を見つめる。
久しぶりに彼女に見つめられた錆兎は、思わず口を隠し、頬を赤らめた。


「錆兎、今まで避けててごめんね」

「いや…。名前にも何か事情があったんだろ?」

「事情っていうか、ちょっと心の整理をしていたの」

「整理…だと?」


この期に及んで、まさか別れを切り出すのでは無いだろうかと錆兎は不安になる。
彼女の表情は少し強ばっており、何を考えているのかは分からない。自分の何が悪かったのかと考えていると、彼女の口から思いもよらない言葉が呟かれた。


「妊娠…しました」


彼女の声が頭の中で木霊する。
『妊娠』…。


「なっ!」


まさか、まさかだ。
彼女が今まで自分を避けていたのは、別れ話を切り出せない訳ではなく、それを伝えられずにいたからだと言うのか。

錆兎は安堵のため息を零し、向き合って座っていた名前を抱き寄せる。
そして喜びと一緒に感じる、久しぶりの彼女の体温が錆兎の心を更に締め付けた。


「馬鹿だな。それはいち早く伝えるべきだろう?」

「ご、ごめんね。これ聞いて錆兎が嫌だと思ったらどうしようとか変な事考えてた」

「俺がどれだけ名前の事が好きなのか、お前は知らなさ過ぎる。さっきも言ったが、俺が初めて心の底から愛したいと思ったんだ。そんな名前との間に出来た赤子だぞ?嫌なんて言葉は存在しない」


錆兎の優しい口調に、名前は安心したのか涙を流した。
そんな名前を見て錆兎は微笑むと、彼女の涙を拭ってやり、また抱き締める。


「義勇、鮭大根作ってあるから一緒に食べよう」

「それは本当か」

「本当本当。錆兎、名前ちゃん、あとはごゆっくりね」

「「あ」」


すっかり二人の世界に入り込んでいた錆兎と名前。
真菰が冨岡を連れて颯爽と出ていく姿を見て、「しまった」と二人は思う。
真菰達の存在をすっかり忘れていた。

二人が居なくなった部屋に沈黙が流れる。
そんな中、もう一度視線を合わせた二人。

名前の瞳にはもう涙は無く、代わりに笑みを浮かべていた。
彼女を見つめる錆兎の瞳は熱が篭っており、「愛しい」という感情が伝わってくる。
彼女の頬に触れ、そして自分の額を名前の額に近付けた。


「一生をかけてお前を愛してやる。だから不安なんて感じなくていい」


お前以外、俺は愛せない。


お互いに微笑み合い、二人は幸せを再度噛み締めたのだった。
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