安心しろって。
お前はもう俺の一部だ。
離しはしないし、離すわけがねぇだろ。
お前と生涯を共にするって決めたんだから。


宇髄元の場合


最近名前には悩み事がある。
それは自分以外の嫁3人と宇髄の関係だ。
名前は嫁3人「須磨・まきを・雛鶴」とは違い、くノ一では無い。

宇髄達にどんな苦労があって、どんな想いで抜け忍になったのか。
彼らの過去の事はあまり知らないのだ。

自分は宇髄と同じ鬼殺隊であるし、嫁たちが知らない彼の姿を見てきてはいるが、やはり埋まらない溝というものは存在する。
なんせ宇髄の嫁になったのは、自分が一番最後なのだから。

これが運命(さだめ)というやつなのだろう。

嫁3人は、気さくに話してくれる。だが、その仲の良さが逆に怖い。
どうしても、嫁3人+自分と考えてしまうのだ。

最近そればかり考えているせいか、体調があまり優れない。緊張した時に気持ち悪くなるあの状態が、ここ何日か続いている。考えすぎてストレスでも溜め込んでしまっているのだろうか。ろくに食事も取れやしない。


「おい、名前」

「…宇髄さん…」

「お前も『宇髄さん』だろ。結婚してもう2年だぞ、少しは慣れろ」

「あはは…」


こんな気持ちのまま素直に『天元さん』と呼べる訳が無い。ほらまた、モヤモヤと一緒に吐き気が襲ってきた。

気持ちが悪い。


「お前、大丈夫か?顔色悪いぞ」

「大丈夫です、ほっといてください」

「ほっとけるわけねぇだろ、ちょっと雛鶴達呼んでくるから」


彼がどうにかする訳じゃなくて、結局は『雛鶴達』に頼るのか。
そんな宇髄に悲しい目を向ける名前。

任務もあるし、こんな所で道草を食っている場合ではない。彼女らに手当てをされて情けない嫁だとも思われたくもないし、そんな思いをするなら我慢をする方がマシである。


「私、任務もあるのでこれで…」


日輪刀を掴み、立ち上がろうとした途端、激しい目眩に襲われそこで意識を手放してしまった。


あぁ、これで少しは楽になるのかな。
良かった。


……………………………………………



「…ん」


ぼやっとする視界に見えたのは、木造の天井。いつも見慣れているものとは形が異なっており、ここは自分の邸ではない事が分かった。
もう少しだけ眠ろうか、と瞳を閉じようとしたが、何か暖かいモノに自分の右手が包まれていると気づく。
ゆっくりとそちらの方へ向いてみると、自分の手を握り、眠っている宇髄の姿がそこにあった。
名前の視線に気付いたのか、宇髄がゆっくりと瞳を開く。


「名前…?おい、名前!!大丈夫か?今、胡蝶呼んでくるからな!」


胡蝶…。
あぁ、そうか。
ここは蟲柱 胡蝶しのぶの蝶屋敷だったのか。
慌てて出ていった宇髄を横目で確認し、目が覚めた彼女は身体を起き上がらせた。

自分はあの後倒れてしまったのか。
また情けない感情でいっぱいになる。

パタパタと廊下を走る音が聞こえ、病室の扉が勢いよく開いた。


「ちょっと、宇髄さん。扉は静かに開けてください」

「悪い悪い、胡蝶」

「はぁ…。こんにちは名前さん。体調はいかがですか?」

「胡蝶さん、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。少しは楽になりました」

「そうですか、それは良かった。では…このまま少しお話をしてもいいですか?」


宇髄さんもお揃いですし。と付け加えた胡蝶は、宇髄に座るよう指示をした。
宇髄は兎も角、自分は柱の胡蝶と関わる事があまりない。世間話では無いとなると、まさか自分は重病なのか?と不安な気持ちが押し寄せる。


「名前さん、私が言うことに間違いがあれば違うと言ってください」

「はい」

「最近、吐き気、目眩、食欲がないなどそういった症状が酷いですね?」

「…はい」

「気分が落ち込むのが酷かったり、物事に対して直ぐイライラしたりもありますね?」

「……はい」

「生理が来てない、間違いないですか?」

「!?そ、そういえば…」

「勝手ながら色々と検査をさせて頂きました。今の答えも当てはまるようであれば間違いないでしょう。名前さんは妊娠しています」


おめでとうございますと微笑む胡蝶。

妊娠…?
確かに生理が来てない。では、この気持ち悪いのはストレスではなく悪阻?
最近、いつも以上に情緒不安定だったのも妊娠していたから?

色々と頭の中で物事が繋がる。
ちらりと宇髄の方を見ると、彼はその場で放心状態だった。彼女らの中で、自分が1番初めに妊娠してしまったのが、まずかったのだろうか。


「ごめんなさい…天元さん」

「…よくやった。よくやったぞ!!名前!!」

「えっ」

わしゃわしゃと髪を荒々しく撫でる宇髄の表情は、今までに見たこと無い満面の笑みだった。その表情に驚く名前。

そして彼は、名前を優しく抱き締めた。


「天元さん…私…」

「…最近、お前が何を考えているのか何となく分かるんだよ」

「…!」

「『自分は他の嫁のようになれない』『自分は情けない』『俺に愛されているか分からない』そんな事思っているんだろ?」

「…はい」

「そんな事考えるな。お前はもう俺の一部なんだよ。確かに、昔の俺達をお前は知らない。それが不安ならお前が理解するまで教えてやる」

「…っ」

「だから、お前が雛鶴達とは違うって思っているのは仕方がない事だ。俺がこっちに来て、初めて惚れた女なんだから違くて当たり前なんだよ」


お前が居なきゃ俺は生きていけない。
俺はお前を愛してるんだから。


心につっかえてたものが、なくなった気がした。モヤモヤとした感情は今はもう無い。
宇髄の珍しく泣きそうな顔に、胸がキュッと締め付けられた。
自分はちゃんと愛されていたんだ。


「アイツらは家族のように名前を大事にしている。毎日、どうやったらお前が元気になるか考えてんだぞ」


そりゃもう、ド派手にな。と宇髄はまた笑って見せた。


「天元さん、ごめんなさい。私の考え過ぎでしたね…」

「分かりゃいいんだよ、地味に落ち込みやがって。妊娠したのも愛されてる証拠だろ?俺は死ぬほど嬉しいんだぞ。アイツらも…」

「え?」


宇髄が顎先で病室の扉を指した。
病室の扉から少しだけ見える、3名の衣服。
耳をすませば、声が聞こえてくる。


「ちょっと押さないで」
「痛いですっ」
「静かにしなさいよ!」

「「「う、うわっ!!!」」」


派手に病室へ転がり込んで来たのは、須磨・まきを・雛鶴の3人。どうやら今の会話を聞かれていたようだ。
「えへへ」と声を合わせ、彼女達はこちらの様子を伺う。


「名前の事が派手に好きなんだよ。もう少し自信持て」

「っ…みなさん…ありがとう」

「泣かないで!」
「う、うわーん」
「貰い泣きしちゃうじゃないっ…」


彼女たちは名前を抱きしめて、一緒に泣き合った。
こんなに心優しい人達って事を、気付けなかった自分が馬鹿みたいだ。

しばらく泣いた後、嫁3人を名前から引き離し、先に帰らせた宇髄。
いつの間にか胡蝶も出ていったようで、彼と二人きりになっていた。

少しだけ恥ずかしそうに二人は見つめ合う。

そして宇髄が優しく名前に口付けを落とし、耳元で囁いた。


「一生離さねぇよ、覚悟しな」


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