東の空が少しずつ色付き始めた。
子鳥のさえずりが聞こえ、きっと本来ならば気持ちのいい朝が来るんだと思う。
鬼も太陽が出てこれば身を隠す。
…もう一度言おう。
きっと本来ならば気持ちのいい朝が来るんだと思う。
あの未確認生物さえいなければ。
「ねぇ!!!まだ追い掛けてくるの!?もう諦めてよ!!」
「雌になんて負けるか、畜生!!つか、なんでこんなに体力あるんだよッ!?」
「鍛錬のおかげだよ!!」
「あぁ、クソ!!追いつけねぇ!」
何時間走っただろうか。
お陰様で隊服も顔も泥だらけだ。
これでは埒が明かないと名前は、動かし続けた脚をついに止めた。
呼吸を整え、後ろを振り向く。
辺りを見渡すと、今いる場所に見覚えがあった。
猪もどきに出会った川である。
戻ってきたという事は、まさか山を1周したということだろうか…
「や、やっと止めやがったな!捕まえたぞッ!!」と倒れ込む猪もどき。
「もう、煮るなり焼くなり好きにしてください」
「はぁ?訳わかんねぇこと言うんじゃねぇよッ」
「訳わかんないのはそっちでしょう」
「あーうるせうるせェ。てか、お前なんで息上がってねぇーんだよッ」
何時間の走り込みなんて朝飯前だ。
なんて猪もどきに言えば、「やべぇ」と一言。
倒れ込んでいる猪もどきは、急に立ち上がり近くの川へ入っていった。
川の中心部へ入っていった猪もどきは、水浴びをしながら騒いでいる。その姿はもう野生動物そのものだ。
「クソ、頭も汚ぇじゃねーか!!!」
スポッ
「え」
何が起こったのだ?
いきなり猪の頭が取れたかと思えば、中から青年が現れた。あの猪は被り物だったのか。
とりあえず『猪もどき』はちゃんとした、『人間』であることが分かって名前はホッと胸をなで下ろす。
「おい。何じっと見てんだよ。俺の顔に文句あんのか」
「全く無さすぎて逆に困っているよ」
「はぁ?なんだそれ。そんなこと言われたの初めてだぞ。お前馬鹿だろ」
「失礼ね。少なくても貴方よりは強いわ」
「(イラッ)俺と勝負しやがれ!!」
「もう体力で差があるでしょう?分かりなさい」
「……」
彼は初めから気付いていた。
彼女を見た瞬間から、「コイツは強い」と。
野生の勘がそう言っていたのだ。
いつもなら言い返す彼だが、今回ばかりは何も言い返せなかった。
一方、彼の行動力に名前は驚いていた。
彼女も好奇心に任せて動いてしまうことがあるが、彼は更に思ったこと全て行動にするタイプだ。逆に尊敬する。
「君、名前は?」
「教えねぇ」
「君が鬼殺隊になったら勝負してあげるよ」
「…嘴平伊之助だ!!お前を倒す!!!覚えておけ!!」
「嘴平くん、よろしくね。私は苗字名前」
「ふん」
何故か憎めない。
鼻息を荒くし、プンスカ怒っている彼が可愛くみえてしまった。
「可愛いなぁ」と呟けば、名前は、伊之助の頭を撫でた。
「な、なにすんだ!!ヤメロ!!」
そう言われて止めないのが名前である。
挙句の果てには、手拭いを懐から出し彼の顔を拭き始めた。
なんだこれは…母性本能というやつでは。
「素敵な顔なんだから汚れてたら勿体ない。ちょっと大人しくしててね」
「(ほわほわ)こ、コノヤロー…」
「嘴平くんは素直だね。素直な子は好きだな」
「(ほわほわ)お前、もう喋んな!!ほわほわが止まらねぇ!!!」
「ほわほわ…?」
よく分からないがとりあえずまた撫でる名前。そしてほわほわする伊之助。
そんなやり取りがしばらく続いたのであった。
『単純』に閉じ込められた獣
(ほんと、嘴平くんは可愛いなぁ)