「無一郎くん」
最終選別前日。
名前は同じ柱である時透の邸に来ていた。
それなりに綺麗にされてはいるが、ここの邸はいつ来ても寂しい雰囲気が漂う。
玄関を開け、彼女は邸の主である時透を呼んだ。
玄関の鍵がかかっていない時は、彼がいるサインらしい。もう少し用心して欲しいものだ。
「…なに、名前。珍しいね家に来るの」
「1週間前にも来たよ」
「あれ…そうだっけ…。それで用事は何」
「急なお願いで申し訳ないんだけど…無一郎くんの袴、一式貸してほしいの」
最終選別に参加するにあたって、隊服では参加出来ない。生憎名前に袴など所持していなかった。
「…なんで俺」
「無一郎くんと私はまだ身長が近い方かなと思って。お願い、急に必要になったの。私…着物しか邸にないから」
「身長…あぁそうか…うんいいよ」
彼は振り向き、部屋の奥へ進む。
上がっていいよの合図だ。
「お邪魔します」と一言告げ、彼の後を追った。
必要最低限の物しか置かれていない、広すぎる邸。宇髄邸とは大違いだ。
物が少ないせいか風通しはとても良かった。
中庭からの風が廊下まで届いているのか、少し肌寒く感じた。
「あれ、無一郎くん。こんなに大根あるけど何に使うの?」
途中、台所にある5本の大根に目が止まった。
その問いかけに時透は足を止め、彼はゆっくりと首を傾げて「なんでだっけ…」と呟く。
名前は何かを悟り、「少し台所借りるね」と時透について行くのを止め、台所にある草履を履いた。
柱になってから自炊をするようになった。
宇髄の嫁にもお世話にはなるが、基本は自炊派の名前。この時ばかりは自炊している自分に称賛する彼女であった。
手際よく大根を調理していけば、時透の好物だという『ふろふき大根』の出来上がりだ。
「美味しいか分からないけど…無一郎くんが好きって風の噂で聞いた、ふろふき大根作ってみた。食べてくれる?」
料理を作っている間、物陰からずっとこちらを見ていた彼に声をかける。
近付いて出来たてのふろふき大根を目の前に差し出せば、それを口にした。
「…美味しい」
「え!良かった本当に!」
少しの笑顔を見せながら、もぐもぐと食べ進めていく。その姿は年相応の少年であった。
思わず頭を撫でる名前。
「…え?」
「可愛いなぁって思って」
「可愛い…?僕が?」
「うん。沢山食べてね」
何度も頭を撫でるうちに、諦めたのか止めている箸を再度動かし始めた。
自分が作った料理を誰かに食べてもらうのも悪くない、と思った瞬間であった。
「輝くもの、必ずしも金ならず。って言うしね」
「何か言った?」
「ううん、なんでもない」
「そう…。…あのさ」
「ん?」
「たまには料理…作りに来てよ」
なんというお言葉。
そんな可愛い顔してお願いされたら、さすがに花柱のお姉さんもノックアウトである。
誰かに食べてもらうのが嬉しいと感じた今、断る理由はない。
「いいよ。沢山食べてね」
「…俺、忘れるけど…あと…」
「あはは…その都度思い出させるね。…あと?」
「また、撫でて欲しい」
「グハッ」
お姉さんキラー時透の恐ろしさを、感じた1日であった。
最終選別まであと1日。
グルメじゃないけどおいしい関係
(無一郎専用家政婦にでもなろうかしら)