確かに聴こえた声ひとつ

『人は心が愉快であれば終日歩んでも嫌になることはないが、心に憂いがあればわすが一里でも嫌になる。
人生の行路もこれと同様で、人は常に明るく愉快な心をもって、人生の行路を歩まねばならぬ』

誰かが昔、そう言っていた気がした。
誰だかは分からない。
名前の頭の中では時折、彼女の知らない誰かが助言をしてくれるのであった。

その言葉を信じて今日も彼女は任務に着いている。



「よーし、任務完了!天元さん帰りましょう!」


花柱である名前は、音柱の宇髄天元と共に任務にあたっていた。
北西の方角に十二鬼月がいるかもしれないと鎹鴉からの司令を聞き、彼女は急いで任務へと向かっていった。実質、名前1人だけで十分な任務だったが、近くに居たからという理由で宇髄も任務に参加してきたのだ。

名前にとって宇髄は、柱の中でも話しやすい異性だと思ってはいる。宇髄が参加することに関しては参加理由以外、特に何も感じてはいなかった。

結局のところ、十二鬼月だと言われていた鬼は『元』十二鬼月ということで呆気なく任務は終了した。


「名前!なんかウチで食ってくか?」

「え!いいんですか?天元さんのお嫁さんのご飯、美味しいので嬉しいです」

「それは嫁が喜ぶぜ」


宇髄は、名前の頭をワシャワシャと撫でた。

月夜が照らす帰路。
いつもなら颯爽と姿を消す宇髄だが、今日は隣にいる彼女にしっかりと歩幅を合わせる。
「お腹すいたな」と呟いている彼女が、それはそれは可愛く見えてしまった。


「そーいや、もうすぐ最終選別だな」

「もうそんな時期か…」


最終選別。
それは鬼殺隊剣士になるのであれば、必ず突破しなければならない関門。
弱ければ、鬼殺隊の制服に腕を通せないまま死んでいく。残酷な関門だ。


「はぁ?そんな時期って、しょっちゅうやってんだろ!」

「え?そうなんですか!!てっきり半年とか1年に1回だけだと思ってました」

「…お前、本当に馬鹿だよな」

「馬鹿って!酷い!そんな最終選別だーとか普段なんて思わないじゃないですか!」


柱の任務は忙しい。
そんなこと分かりきった話だ。
宇髄もなにがきっかけで最終選別の話なんて持ち出したのか。
実は彼も何故この話をしたか覚えてはおらず、ただの無意識であった。


「でも最近の若い子達はどんな子か気になりますね」

「そーか?何奴も此奴も骨のねェ地味なヤツらばっかで見応えもなんもねぇよ」

「そうやって否定するのは良くないと思います。お嫁さんに嫌われますよ」

「大きなお世話だ!嫁からは派手に愛されてるからな」

「はいはい、羨ましいです〜私も愛されたいです〜」

「な、お前は…「はぁー」」


名前が吐いたため息が大きく、宇髄の言葉はかき消された。
そんな中、ふと彼女は思った。こんな話をするのは何かの縁かもしれない、と。

柱として若い子達を見ておくのも重要である。
名前は指笛を鳴らし、鴉を呼んだ。
すると、直ぐに鴉は現れ名前の肩へ激しく羽をバタつかせ着地した。そして鴉と話している彼女の姿を、宇髄は首を傾げて見ていた。


「何話してんだ?」


暫くすると、会話は終わったのか名前から鴉が離れ、嬉しそうな顔を向けて宇髄へ駆け寄り彼を見上げた。

「天元さん、私、今度の最終選別に行ってみようと思うの!」




確かに聴こえた声ひとつ


(やっぱり彼女は馬鹿だと思う)
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