それなりめでたし

暖かな日差しが差し込む中、ある方の屋敷へ名前は足を運んでいた。
青い空の下、美しい花が咲いている中で蝶や鳥が舞っている。いつもならば、そんな美しい日本庭園に膝をついているが、今日は屋敷の中で膝を付き頭を垂れていた。
普段は見れない屋敷内からの庭園は、見る者を惹くようにまた美しかった。

8日ぶりだろうか。
自分が忠誠を誓った主、産屋敷耀哉の屋敷に来るのは。


「お館様、戻りました」

「おかえり。名前」


F分の一揺らぎの発声が名前の耳に響く。その声を聞いた瞬間、緊張感が解かれると共に安らぎに身を包まれた。彼の声はいつ聞いても優しさと安心感を与えてくれ、疲れた身体に染み込んでくる。
産屋敷の体調も良好のようで、変わらぬ姿に名前は安心した。


「報告でございます。参加者5名が帰還致しました」

「そうか。5人も生き残ったのかい…優秀だね。また私の子どもたちが増えた。どんな剣士になるのかな、名前」


自身の鴉を撫でながら、名前に問いかけた。その表情を見ることは出来ないが、嬉しいのか寂しいのかよく分からない感情が背中からひしひしと伝わってくる。


「そうですね…5名とも期待していいかと。5名のうち3名は初対面でしたが、全員強い剣士になると思います」

「名前の勘は当たるからね。それは楽しみだよ。確かあの子たちの名前は…」


水の呼吸 竈門炭治郎
雷の呼吸 我妻善逸
獣の呼吸 嘴平伊之助
花の呼吸 栗花落カナヲ
それと…呼吸を使わない不死川玄弥


「だったね?」

「流石、お館様です」


全鬼殺隊隊員の名前を覚えている産屋敷。死んだ隊員の事も記憶しているというのだから、彼は当主として完璧である。


「実はね…その中の炭治郎について名前に伝えたい事があるんだ」

「炭治郎…ですか」

「彼を認めている名前に伝えないと…いけないからね」


鼻が人一倍いいという炭治郎。
そして、鬼と仲良く出来ると名前に勇気を与えてくれたのも彼である。
産屋敷は鴉を撫でる手を止め、背中を向けたまま名前の方へ首を振り向かせた。彼の透き通った瞳が、名前の瞳を一瞬で鷲掴みにする。目線を外すことは…もう出来ない。


そして彼は薄いその唇から、炭治郎の秘密を静かに話し出した。


……………………………………………


「名前!!!!」


自分の名前を呼ぶ声がした。
視線を向けると、そこには最終選別に行くきっかけを作ったあの人がいた。


「天元さん!!!」


彼の姿を見て、やっと自分の場所に戻ってきたと実感が湧く。宇髄は珍しく隊服ではなく着物を身にまとって、髪を下ろしていた。その姿はいつもの派手さを薄くしてはいるが、更に色気が溢れている。見慣れているはずの彼の色気に、久しぶりだからか少しクラっとした。


「お前、心配させんな!!!あーもう!マジでこの7日間、飯の味も覚えてねぇーよ!」

「ふふ…心配してくれたんですか」

「あぁ!!もうそりゃ、派手にな!!」


彼の慌てっぷりを見た名前から笑みがこぼれた。自分を心配してくれた事が嬉しかったのだ。そんな彼女を見た宇髄は、「何笑ってんだよ」と頬をつねる。


「いてて!もう!でも、久しぶりに天元さんに会えて本当に嬉しいです。抱き着いてもいいですか?」

「は!?!?」

「感動を行動で表したいのですが…ダメでしょうか…」


宇髄から見た名前の表情を音で表すと、『きゅるん』である。可愛く首を傾けているこの姿を見て、男全員断れるわけが無い。彼は珍しくおどおどと焦り、とりあえず両手を広げた。一応、色男のはずなのに、こんなに焦るとはなんという屈辱。
宇髄が両手を広げたのを確認すると、勢いよく名前は彼に抱きついた。
198cmの長身はあまりにも大きすぎるため、宇髄の腰に手を回す。


「はぁ…ただいまです」

「お、おう」


両手を開いたはいいが、この手をどうしようかとまた焦る。彼は意を決して、名前の頭を包んだ。抱擁している姿は、傍から見ればまるで恋人同士である。名前に触れている箇所から甘い香りがして、彼は理性を保つのに精一杯だった。


「…ウチ…来るか?」

「え!?ご飯ですか!!!行きます!!!あーもう、お腹空いた!!」


宇髄の一言にパッと名前は離れ、何事も無かったように先を歩く。先程までの甘い時間は呆気なく終わり、名前を抱擁していた場所には寂しさだけが残った。


「…そういう意味で言ったんじゃねぇーんだけどな」


まぁいいか。と頭を掻き名前の後ろ姿を追いかける。今日は沢山甘やかしてやろう。


『おかえり、よく頑張ったな』



それなりめでたし
(みんなの支えがあって、帰って来れたんだよ)
2020.4.4 fin
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