お喋り淑女の利口な唇

あの子に会う資格など無い。
自分は…カナエとの約束を破ってしまったのだから。

……………………………………………


「名前、よく来てくれたわぁ」


その日、名前は蝶屋敷に顔を出していた。
カナエが至急来て欲しいと文を寄越したので、急いでやって来たのだ。
「至急」と書いていたわりには特に焦った雰囲気もなく、いつも通りのカナエである。この様子じゃ緊急性はなさそうだ。


「急いで来てって書いてあったから、何かあったかと思ったよ」

「ごめんねぇ。名前に紹介したい子がいてね」


紹介?新しい手伝いか何かか?
今までそんな事は無かったのにいきなり紹介となると、こちらも気をしっかりしないといけないではないか。本当に急で困ったものだ。

名前の気持ちなど知らないカナエに、客間へ通されるとそこには見知らぬ少女がぽつんと1人で座っていた。想像とかけ離れた、だいぶ意外な人物である。


「か、カナエちゃん、この子は…?」

「新しい妹のカナヲよ。可愛いでしょう?」

「可愛い…けれども…え、妹!?」


まさか少女だとは思ってもみなかった。そしてこの少女の事を、カナエは『妹』と言ったのだ。意味が分からない。そもそも何処からやってきたのだろう。
カナエの事だから誘拐では無いだろうけど、いきなり『妹』と言われても考えが追いつかない。血は…繋がってないよな?


「姉さんが買ったんです。この子を」


「驚かせてすみません」と、お茶を持って来てくれたカナエの妹、しのぶが口を開く。
買った…?この子を?
尚更、謎は深まるばかりだ。さすがの名前も考えるのを諦め、カナエに説明を求めた。


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「って言うわけなの。名前も仲良くしてくれると嬉しいわ。私たちが居ない時はもしかしたら面倒を見てって頼んじゃうかも」

「それはいいけど…さっきからこの子全く動かないよ」

「仕方ないのよ。ほらカナヲ、名前に挨拶しなさい」


カナエの一言で、カナヲは名前に向かって頭を下げた。その姿は、まるであやつり人形のようだ。話は聞いたものの、ここまで重症とは。カナエやしのぶが、行動を指示しないと動けないらしい。それにしても売買人から奴隷になるはずの少女を買う、カナエもカナエである。まぁ実際金を出したのはしのぶらしいが、どっちにしろ困った姉妹だ。


「お利口さんねぇ〜。カナヲ、名前もカナヲの面倒を見てくれるのよ。言うこと聞いてね」

「はい」

「大丈夫…?カナエちゃん」

「大丈夫よ。だってカナヲは可愛いもの!」


横にいたしのぶと、同じタイミングでため息をつく。カナエのような姉を持つと、妹が大変なのがよく分かる。

その頃からだった。
カナヲの面倒を見るようになったのは。
カナエが任務で忙しく、しのぶが治療で忙しい時はよく2人で一緒にしゃぼん玉をして遊んでいた。話はほぼしなかったが、彼女は楽しんでいたと思う。多分。

そしてしばらく経ったある日、また名前はカナエに呼び出された。この間とは違い、珍しくカナエが真面目な顔をしているからか、無意識に背筋が伸びる。


「実はねカナヲの事なんだけど…」

「うん」

「どうやら、鬼殺隊に入りたいって思っているみたいなの」

「へぇ、いい事じゃない」

「ダメよ、カナヲにこの景色を見せたくは無いの」


柱であるからこそ、その言葉は重く聞こえた。自分も鬼殺隊の甲ではあるが、やはり柱との仕事量は違う。この世界をよく知っているのはカナエの方だ。その言葉の意味が痛いほど伝わる。

彼女は「でも」と言葉を続けた。


「もし…カナヲが本気で入りたいって言うなら…名前がカナヲを助けてあげて欲しいの」

「私?え、でもそれは…カナエちゃんが継子にすればいいんじゃないの?」

「反対している以上、継子にはしない、手伝いも出来ない。でも本当は応援してあげたくてね。だから…信頼している名前にお願いしたいの」


最初は乗り気では無かったが、カナエの頼みであれば引き受けないわけにはいかない。
彼女には数えきれない恩が沢山ある。なにより、一番の友人だ。
それに、自分の意思がないあの子が、『鬼殺隊に入りたい』と思っているならそれは凄い進歩である。尚更、断りはできない。


「本当はあの子がやりたいって思っている事は、全部やらしてあげたいのよ。矛盾なお姉ちゃんね!」

「そうだね、困ったお姉ちゃん」

「そ、そこまで言っちゃうの?」


その約束を果たす時はまだまだ先であると、この時は思っていたのに。

「師範」
この言葉を彼女が口にするのは、そう遅くはなかった。



お喋り淑女の利口な唇
(カナエちゃんのお願いは、なんでも聞いちゃっている気がするなー)
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