さよならの代わりに指を絡めた

不死川から貰ったおはぎにお腹を膨らました彼女は、北の方角へ向かっていた。
2日目にかけてから人の声を森で聞かなくなった。それだけ挑戦者が減ったのだろう。
あの大人数の中で3人程残ればいい方か。

あまり日が刺さないこの付近は、昼の間の隠れ家として利用している鬼も多い。
その証拠に血腥い風が名前を覆った。


「あれ…このお面…」


何かを蹴飛ばし、足元を見るとどこかで見覚えのある面の破片が落ちていた。
この太陽のような…絵柄…。
どこで見たんだろうか。
よく見ると所々に、その面の破片らしきものが散らばっていた。1つずつ拾って合わせてみる。


「これは!!」


出来上がったのは狐の面。
そうだ、最終選別が始まる前に彼女が気にしていた男の子の物である。
この面がここに散らばっているという事は、彼も既にいなくなってしまったのだろうか。一際目立った参加者であったから残念であった。彼とは何かあるかもしれないと少し思っていたのに。
いなくなる前に…話してみたかった。

この面を作った育手もまた、戻ってこない彼に悲しむのだろう。一人一人にこの面を授けている育手に会ってみたいものだ。
破損した面を直して持っておこうか。いつかこの面を持って探してみよう。一人一人の弟子を大切にしているこの育手に。

名前は鎹鴉を指笛で呼び、ある人物へ文を書いた。そして持っていた布で面の破片を包み鴉を飛ばした。
彼女は細かい作業は苦手だ。きっと彼なら直してくれるだろう。
そんな期待を胸にまた彼女は山奥へと進んだ。


「おねーさん、強いでしょ」


しばらく山の中を歩いた時であった。
彼女に誰かが声をかけたのだ。
その姿は限りなく人間に近い…『鬼』


「あら、こんな所に話せる鬼がいたのね」

「ちょっとお話しようよ。僕、自我があって無理な戦いはしない主義なんだ。だからおねーさんは食べないよ」

「食べる前に首を斬り落とされるしね」

「そういう事。あとおねーさんに殺気がないから俺は殺されない」


随分と賢い鬼である。
そんな事を思えば、「本能で生きていたらもっと強い鬼になれたかもね」と彼は笑った。
心が読めるのだろうか。


「そうだよ、僕は心が読めるんだ」

「心が読めるなんて相手の意図が丸わかりじゃない。あなたを斬るのには時間がかかりそう」

「そうかなぁ、意外と簡単だよきっと。僕は『鬼になれなかった者』だから」


『鬼になれなかった者』
その話を一度聞いたことがある。
鬼舞辻無惨の血を体内に摂取はしたものの、自我までは鬼になれず終わったもの。
その者は他の鬼から蔑まれ、喰われる。
半分は人間な訳だから多少は栄養が残っているらしい。首を斬った何処かの鬼が言っていた。


「ここにいると安心なんだ。だから俺は感謝している」

「安心って、周りは鬼だらけだよ」

「その鬼を参加者である君たちが倒してくれる。僕は勘が鋭い人間でないと鬼とは気付かれない。君には…バレたけどね」

「私は参加者じゃないから」

「参加者じゃないの?じゃあ君は誰?」


その鬼は首を傾げると彼女に答えを求めてきた。
「鬼殺隊の花柱」と言えば、彼はハッとしたように名前を見る。


「僕、君ではない花柱を知ってるよ」

「私じゃない…?」

「そう、髪が長くて蝶の髪飾りをしていた。僕を助けてくれたんだ。『鬼になれなかった者』の僕をここに連れてきてくれた。とっても優しい人だったな」

「か…カナエ…ちゃん」

「あの子、『カナエちゃん』っていうの?鬼と仲良く出来たらいいなって言ってたから凄く印象深いよ。鬼は嫌われるものでしょ?」


『ねぇ、名前。私ね、可愛い鬼を見つけたのよ。お話が出来てとっても可愛いの!鬼に襲われてる鬼って言ってたわ。藤襲山に連れて行ったら、ありがとうって感謝されちゃった。鬼と仲良くできる一歩を踏み出した気がしたわ』

笑顔で話す彼女を思い出した。
そんな彼女に『本当に?凄いね』って返した自分の言葉も鮮明に思い出す。
彼女が今も尚、この世にいるのならば変わっていただろうか。彼のように感謝する鬼が沢山いたのではないのか。


「え、おねーさん泣いてるの?ごめんね」

「ううん、あなたをここに連れてきた時の話を思い出したの。そう言えば彼女は言ってた。あなたの事」

「そうなんだ。でも君が花柱って事はカナエちゃんはもう…」

「うん」


鬼に慰められるなんて変な光景かもしれない。でも、彼女が言っていた『人も鬼も仲良く』という無謀に近い言葉が少し叶えられていた気がした。


「ねぇ、きみにお願いがあるんだ」

「なに?」

「僕の首を斬ってくれない?」

「な、なんで…」

「彼女にもう一度会ってお礼を言うために僕はここで生きてる。でも彼女はもう居ないんだろう?そしたら僕はここにいる意味が無くなってしまった。だから…」


彼女と仲がよかった君に殺されたい。
と名前の手を握り、最期の言葉を言った。




さよならの代わりに指を絡めた
(僕が彼女に逢えたら君の話をしよう)
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