その廊下は長く続いていた。
 踵だけ背の高い靴を履いた主の靴が規則的に音を立てる。歩きづらくないのかと尋ねたが、この世界では任務に就くときは女性はこのような格好をするのだと教えられた。本丸にいる時は和装を好む主が、スーツという服に腕を通す姿は新鮮であったが、それよりも見慣れないのは、今にも雨の一粒でも落ちてきそうな、墨絵の空のような顔をした主の表情だった。

 主が任務のため元居た世界に戻ることは今までも二、三度見たことがある。その折には、護衛としてその時の近侍がひと振りついて行くことになっていた。主は近侍を固定せずその役目を皆に回していたから、その度に違う刀が彼女に随行した。何をしたのかとその刀に聞いても、彼らは口を揃えて「会議室まで見送り、その後は知らない」と答えた。

 その日の近侍は山姥切だった。近侍になった者は戦には出ず、戦果報告の書物をまとめたりと主の傍で手助けをする。だから、頼もうと思えばいくらでもその機会があったはずだ。されど主が声を掛けたのは、夜四つ。戦から帰還し、風呂を終えた鶯丸の部屋の前だった。

「鶯丸。少しいい?」
「主か。こんな夜更けにどうした」

 皆との食事を終えてからは、主はあまり本丸の中を出歩いたりはしない。多くは自室で仕事を片したり、趣味の読書に耽ったりしているようだ。近侍の役目も、夕餉の時間をもって開放される。
 だから、こんな時間に主と会うのは大層に珍しいことだった。以前書庫から借りた本の続きでも持って来てくれたのかと思ったが、そうではないらしい。主が敢えて人目を避けたこの時間を選んだということは、何か他の刀たちの耳には入れたくないことでもあるのだろう。そう悟った鶯丸は、「入るか」と自室に促した。いつか大包平がこの本丸に来た時に鶯丸と同じ部屋にできるようにという主の計らいから、彼の自室は彼がこの本丸に来てから今も一人部屋だった。
 用件は気になるが、鶯丸はいつものように茶を二つ淹れ、そのひとつを机を挟んで腰掛ける主の前に置いた。ありがとう、と主は言ったきり目を伏せ、湯呑みの中に映る自分の顔を眺めていた。そこに映る表情は分からない。
 主とは長い付き合いになるが、こんな彼女の姿を見るのは初めてだった。それが何故なのか。主は何故自分を待っていたのか。普通なら好奇心の一つ剥き出しにしてもおかしくはないが、鶯丸は茶を啜りながら主の言葉を待った。彼はそういう刀だ。主が躊躇うならば、このまま夜が明けても尚待てる気がした。

「貴方にお願いがあって、来ました。これは命令ではないから、断ってもくれても構わない」

 ゆくりなく、湯呑みからこちらに視線を移した主の髪が肩の上でさらりと靡く。湯浴みのあとだったのか、少しだけ濡れたところが束になっていた。

「明日。私と共に、私の世界の任務に来て欲しいの」
「それは、君がたまに行っている現世の政府とやらか」
「ええ」
「君が俺を共にと言うのなら、何処へだってついて行くさ。だが君はいつもそれを近侍に頼んでいたんじゃないのか」
「ええ。……でも、明日は貴方と行きたいの」

 縋るようにそう言われては、何も疑うことはない。鶯丸は二つ返事で了承し、その詳細を聞いた。何故か少しだけ、心が浮ついた。それが、主が他の誰でもない自分を願ったからだと分かったのは、今朝方起きて、用意された見慣れぬ洋装に身を包んでからだった。
 トレンチコートに、スラッと長い黒のパンツと焦げ茶色の革靴を合わせて、鶯丸は前を歩く主の少し後ろに付く。慣れない洋装に、この時代の格好は些か窮屈だと彼は首の筋を伸ばすように傾げた。表立っては見えないが、もちろん己の刀は念じればすぐ取り出せるところにある。

 長い廊下の、突き当たりにその部屋はあった。きっと今までの刀もここで待機していたのだろう。昨晩ここで何をするのかと聞いた鶯丸に、主は政府との定例会議があるとしか答えなかった。
 扉の前で、コツン、と踵が止まった。主が振り返り、彼の名を呼ぶ。ここで待機してろと言うことか、と鶯丸はそれを了承するように微笑みかけようとした。

「ひとつ、約束をしてくれる?」

 しかし相反して、主の口から出たのはその類の命令ではなかった。虚をつかれたように鶯丸は「約束?」と己の主の言葉を繰り返す。

「この先何があっても、何を言われても、貴方は何も口に出さないでいて。何も思っては、いけません」

 思いがけない言葉だった。その言葉が指すのは、鶯丸への待機命令ではなく、彼がこの中に入り主と席を共にするということだ。
 政府との定例会議とあれば、その話の内容は主に戦闘や歴史に関することだろう。刀剣に不利な話だってあるかも知れない。それに対して、何も言うなということだろうか。最も彼は、端からそう言ったことに口を出すつもりはないのだが。
 主の言葉をそう合点し、彼は「了解した」とそれを軽く了承した。
 そしてそれが、地獄の始まりだった。


 中には長い机と等間隔に並んだ椅子があり、主と同じような服を着た男が何人か先にそこに掛けていた。席の前には『審神者』と『付喪神様』という席札があり、掛けるように促され、そこで初めて席につく。そこには既に、違和感があった。
(何故、主でなく俺が上座なんだ)
 席についてから鶯丸は横目で主を見遣ったが、彼女はそれに対して何一つ気にしていないようだった。主がそういった事に寛容な人物であるのは、この時ばかりは彼にとっても救いだった。
 本丸では顕現された刀の全てが、主を絶対的なものと考えている。理屈ではなく、本能で。中には自らも付喪の神と呼ばれながら、主のことを神格化しているように見受けられる刀もいる。どんなに主と仲良くとも、逆に無愛想であろうとも、そこには絶対的な格の線引きがあった。この時代の人間は、そう言ったことに対しても無頓着になってしまったのか。

 政府に促され、主が戦果を報告する。彼女の上司であるとはいえ、大切に思っている存在が命令されるような口を聞かれるのは面白くないものだな、と鶯丸は息をついた。

「──戦果は以上です。引き続き、室町・鎌倉に現れた歴史修正主義者の殲滅、新しくコードを賜った京都市中の捜索に参ります」
「これだけか。あれだけの時間がありながら、何ともつまらない報告書だ。審神者の能力が見て取れる」
「申し訳ございません」

 主が渡した資料が、机の上に投げられる。はらりと滑り、地面に落ちる。拾おうとした者は誰もいなかった。
 その瞬間、身体が煮えたぎるように熱くなった。
 今すぐ刀を取り出し、無礼な貴様達の喉元に突きつけてやろうか、と鶯丸の身体が怒りに震える。
 されどそれを咎めるように、先程の彼女との約束が頭を駆け回った。彼女は言った。何も言うな、何も思うなと。まるで自分がこういう扱いを受けることも、見透かしたように。それはつまり、主がこのように貶められるのは、何も初めてのことではないということなのか。

「京都の市中に向かうのであれば、藤貞家には良くしておけ。彼らの我々への寄付額は多い。何かあらば優先的に救い、手助けを。それが正史で無くても構わん」
「しかし、それは」
「返事はイエスしか必要ない。それに、君にも守りたいものがあるだろう?」

 下衆な物言いに、主は一瞬視線を惑わせ、項垂れるように俯いた。その反応を良しとしなかった政府の人間が、つまらなさそうに肩肘をつく。

「お前達は駒だ。この世界の希望であられる、付喪神様をこの世に生み出すための道具だ。希少価値のある、強い刀剣を量産しろ。しかし、ようやく付喪神様を連れてきたかと思えば、古備前の鶯丸様を連れるとは、どうやら君はその才能だけはあるようだ。戦の才覚がないなら、君は刀剣を生み出すだけでもいい。そういえば、お上が持ち出した新しい説がある。審神者と付喪神様が交わらば、子を成せるのか。果たしてそれは人間か神かどちらなのか。それを立証するサンプルを探していて──」
「申し訳ございません。次は必ず、良い戦果をお持ちします」

 主が深々と頭を下げる。上はつまらなさそうに下がれ、とだけ言った。
 噛み締める力が強すぎたのか、口の中に血の味が広がった。怒りに震える手は、しばらく収まりそうにない。
 そこは地獄だった。胸の中の、多分心だと言うところが、締め付けられるよう苦しい。こんな光景を見るくらいならば、まだ単騎で戦に出陣した方がマシだとすら思えるほどに。
 静かに立ち上がり、一礼する主の後を追う。扉が閉まる間際、視線だけで奴らを殺せるのならばどれほどいいか、と睨みつけたが、主はもう、その中を一目たりとも見なかった。


「ごめんなさい。やはり貴方に嫌な思いをさせてしまった」

 長い廊下を引き返しながら、主はそこで初めて張り詰めていた表情を剥がした。対する鶯丸は、どんな顔で彼女を見ればいいのか、分からずにいた。

「何故、君は何も言わない。反論の一つでも、あるだろう」

 今すぐにでも彼らに反論したいのは、鶯丸の方だった。審神者の持つ力を奴らは誤解している。刀剣達がその力を奮うのは、主の命令あってこそ。つまり、仮に彼女が奴らを殺せと言えば、いとも容易く殺せるのだ。
 現に、もし主から何も言われていなければ、鶯丸は怒りのままに彼らを殺していたかもしれない。自らの命を握っているのは、鶯丸たち刀剣ではなく、審神者である彼女だというのに。

「私ね、弟がいるの」

 主にしては珍しく、脈絡のない言葉だと思った。されどまるで宝物を取り出すように、彼女は空を見上げた。

「私が審神者であることを引き換えに、弟は生きている。私の力では、彼に治療を施すことはできないから」

 何か病気を患っているのか、と鶯丸は察する。そう言えば先程も、守りたいものがあるのだろうという言葉に、主は押し黙った。それが彼女の弟君のことだと、ようやく合点する。

「だから、辛くないの。私は私のやり方で、あの子を守ってみせる。それから、貴方たちのことも」

 そこで初めて見せた、まるで花開くような笑みに、鶯丸はふとある日の光景を思い出した。見えるのは、紫や、青と、緑。色とりどりの紫陽花が鮮やかだった。鼻をくすぐるのは、インクと、古い紙の香り。
 雨の音がする。



 鶯丸の趣味のひとつに、読書がある。
 幸いなことに主は熱心な読書家で、本丸の中には大きな書庫があった。ある時は光忠が料理の本を読み漁り、ある時は一期一振が児童書を何冊か見繕い幼い弟達の部屋に向かっていく。少し広めの出窓は鶯丸のための場所で、そこに掛けて読書に耽るのが、彼は好きだった。
 その日。突然の来訪者に、鶯丸は頁を繰る手を止めて、その方向を見上げた。とはいってもここは主の場所のため、来訪者は鶯丸の方だったが。

「鶯丸。来てたのね」

 主はどこか嬉しそうに微笑むと、手に持っていた数冊の本を本棚にしまっていく。わずか一センチほどの厚みの文庫本は、恐らく彼女にとっては物足りなかっただろう。鶯丸と主は本の趣味がよくあった。そのため、彼女が返していく本の中には、見覚えのあるものもあった。

「ねえ、何を読んでいるの?」
「俺か? これだ。この作者の書く話の中では珍しい題材でな。思わず手に取ってみたが、なかなかに面白そうだ。とは言っても、まだ序盤だが」
「それ、私も気になっていたの。貴方がそう言うなら、とても楽しみだわ」
「ああ、なら先に読むといいさ。俺は君の後で構わないからな」

 端に書かれた頁の数字を記憶に留め、それを主に差し出す。これは全て主の本なのだから、彼女が未読なのであれば彼女が先に読むのは道理だろう。
 されど主は首を振り、その本を鶯丸にそっと寄せた。「気を遣ってくれるな」と彼は言うが、それでも主はまた首を横に振り、微睡むように微笑んだ。

「貴方が読んで、またここで会ったら、そのあらすじを聞かせてくれる?」

 思ってもない言葉だった。驚く鶯丸の手に自らの手を重ね、しっかりと本を握らせる。そのまま主は彼女専用の椅子に掛け、いつかを慈しむように、そっと頁を捲った。

「昔、ずっとそうやって物語を聞かせていた子がいたの。その子は、目が見えなかったから。話を聞かせたら、あの子が喜んでくれるから、毎日毎日、たくさん本を読んで会いに行った」

 気がつけば、立派な読書家になってしまったわ。と面白おかしく主は笑う。この中にある本たちも、いつの日か、彼女が誰かに紡いだ物語がたくさんあるのだろう。
 鶯丸は本を開き、パラパラと頁を捲った。

「拝命しよう。そうだな、まず物語は──」

 しとしとと降る雨の中。あらすじを紡ぐ鶯丸の声が、その空間に優しく溶けていった。



 思えば、主が語った『あの子』こそが、彼女の弟君なのだろう。
 ひとつ行きたいところがある、と主はある場所へ足を向かわせた。たどり着いたのは、大きな病院だった。誰に会いたいのか、鶯丸はもう聞かなくても分かっていた。
 自動扉を潜ると、大きな待合と受付があった。これだけの広さの中、されど彼女の足は迷うことなくその場所へと進んでいく。主の顔は期待からか嬉しさからか、すこし緩んでいた。追随しながらもその横顔を眺めていると、主はふと思い出したかのように振り返り、「四階の、西棟なの」と微笑んで見せた。

「一つ、聞いてもいいか」
「ええ。もちろん」
「何故、君は今日に俺を選んだ?」

 彼女の足が、エレベーターの前でコツンと止まる。少しの間、沈黙が流れた。普段から語彙に溢れた主が、適切な言葉を、探しているようだった。

「私も、ずっと考えていたの。どうして貴方なのか。貴方がいいと思ったのか。貴方じゃなければ駄目だと思ったのか。政府から次は必ず一振り同席させるようにと念を押されて、最初に思いついたのが貴方の顔だった。辛い思いをさせると分かっていたけれど、それでも、貴方なら許してくれるんじゃないかって、そう思ったの」

 それはまるで、愛の告白のような、そんな甘美な響きを持って鶯丸の中に流れ込んだ。耐えきれず激昴する者がいても、泣きじゃくる者がいてもおかしくないくらいの空間だった。そういう意味で言うならば、他の刀剣たちに比べ感情の起伏が少ない鶯丸は彼女にとっても適任だったのかもしれない。

「きっと、私はいつも貴方に甘えているのね」

 軽快な音を立てて、エレベーターの扉が開く。囁くようなその声は、鶯丸の耳にだけ届いた。
 四階の西棟は、どうやら個室専用の階らしい。部屋の前に付けられた名前札はどれも一人のみだ。
 その中のひとつに、主は立ち止まる。その瞬間、期待と喜びに胸を膨らませたものが、まるでシャボン玉のようにぱちんと弾けたことに、後ろにいる鶯丸は気付かない。

「久し振りの再会だろう。俺はここで待って──おい、どうした」

 彼女が抱えていた鞄が、どさりと床に落ちる。
 主の目は、食い入るようにその一人の名前札を見ていた。状況が何一つ掴み取れないまま、主、主と鶯丸は彼女を呼び続ける。向こうから体温計や血圧計を載せたワゴンを押す音が聞こえる。それが通り過ぎる間際、主はそのナースの腕を掴んだ。

「ここに……ここにいた子はどこに行ったの!? ねえ、いたでしょう? 目の見えない子が」
「ヒッ! 目の見えない子……ああ。その子なら、二年前に亡くなりました」
「え──?」

 ふらりと倒れそうになった主の身体を反射的に支える。思ったよりも、ずっと細い肩だった。

「二年前に、容態が悪化して。このまま延命に入るかどうかを御家族の方に聞いたんです。そうしたら、延命はもういいと、」
「嘘よ! あの子の家族は、私しかいなかった!」

 そう叫んでから、主は息を飲んだ。同じ考えに、鶯丸も行き着いていた。
 力の抜けたその身体が床にへたり込む。それに合わせてしゃがんだ鶯丸が、ナースに首を振った。ナースは少し気味が悪そうに一礼し、そそくさとその場を去っていった。
 弟に治療を続けさせるために審神者になったと彼女は言った。それまでの日々も全部、大切な弟との時間さえもを引き換えにして。ならば、審神者としてあの本丸に居る間、彼女の弟を託されたのは。

「この世界に来る度に、何度も何度も聞いた。弟は無事ですか、元気にしていますかって。その度に、あいつらはいつも言った。快方に向かっているって。笑って。だから、私は」

 主の身体が震えている。今にも壊れてしまいそうな、その心の中に、黒い雫が滴り落ちるのが、見えた気がした。

「それなら、私は何のために」
「主。俺を見ろ」

 焦点の合わない、どこか遠くを眺めたような主の目を、それでもこちらに向けさせる。その瞳から、光は消えていた。

「何度だって言う。俺は政府のことも、歴史のことも、どうだっていい。そんなもの、どうなろうが知ったこっちゃないね。信じてくれるか。俺の主は君だ。俺たちを動かすのはただ一つ、君の命令だけだ。君が望むなら、俺は何だってしてみせるさ」
「鶯、丸」

 きっと慧敏な主であれば、鶯丸の言葉の意図も、即時に掴めたはずだ。彼女はそっと目を伏せる。ぽつり。黒い雫がまたひとつ、滴り落ちる。

「……私は、どれだけ貴方に甘えていいのかしら」
「そうだな。地獄の門番に、彼女の咎は全て俺がやったと言う準備は出来ているんだがな」

 鶯丸が微笑んで、彼女の言葉を待った。待つのは、得意だった。彼は、そういう刀だった。
 沈黙はいつまで続いただろうか。
 そうして再び持ち上がったその顔は、一際美しかった。涙さえ枯らした主の声が、鶯丸の胸元で静かに響く。

「鶯丸。──やつらを、殺して」

 黒い雫が、溢れだしていく。



 気がつけば、少し前まで話していたその場所は血に塗れた惨状と化していた。鶯丸は己の刀身に付いた血を一振りで振り払い、血だまりの上に立つ。何かが伝った気がして頬を拭うと、赤がそのあとを曳いた。皮の靴に、緩やかに血が染み付いていく。
 目を閉じる。
 思い出すのは、いつか彼女と交わした言葉だ。

『君は、本当に読書が好きだな』

 三日連続して書庫で主と出会った折りに、鶯丸が主に掛けた言葉だ。なんて事は無い、意味も持たない言葉だった。
 頁を繰る手が、ぴたりと止まる。

『本を読んでいれば、何も考えなくて済むでしょう』

 思わぬ返答が届き、鶯丸は持っていた本を棚に戻す手を止め、思わず主の方を見遣った。動き出した彼女の視線が、また文字を追いかけていく。

『私は弱いから、余計なことを考えてしまう。でも悪いことを考えるとね、私の思いは貴方たちに伝わってしまうかもしれない。貴方たちまで、悪いことばかり考えるようになってしまうかもしれない。それが、怖いの』

 その時、鶯丸は彼女が何を言いたいのかを、分かりあぐねていた。彼女は小さく笑って、そうして何事もなかったかのように頁を捲った。
 それでも今なら分かる。あの時、主が何を言いたかったのか。
 微睡むようなその時間を思い浮かべながら、己の刀身を、空にかざしてみる。そこに映る彼の瞳は、彼女と同じ色をしていた。
 
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