ソワレ



 とうに陽の落ちた夜、学園近くの森にて。

 かつてよりは幾らか近代的な武器を抱えた反魔法軍は、その森の中を駆けていた。内通者から、『行方不明者になった監督生はこの森の奥深くに眠っており、マレウス・ドラコニアが夜な夜なその姿を見に森へ訪れる』という情報を仕入れたからだ。昼間は穏やかなその森も、夜になればがらりとその表情を変える。どこか不気味ともいえる雰囲気が、その森一体を支配していた。
 先頭を走る兵士が立ち止まる。後ろに続く者たちを片手で制止させると、銀の弾丸を込めた銃をひっそりと構えた。

「おやおや」

 宵闇から這い出てきたような声が辺りに響く。この世界から振り落とされてしまいそうな声だった。本能的に危険を感じた身体が、警鐘を鳴らすかのように武者震いする。影のようなその姿が月の光に照らされて、それよりも眩しい黄緑色の瞳が闇夜に光る。
 圧倒的な威圧感を放つその者──寮服に身を包んだマレウス・ドラコニアは、森の中でもいっとうに大きな木の幹にもたれかかっていた。そうして、まるで待ち人を歓迎するかのようにゆっくりと身体を起こす。その上で、木の枝に腰掛けていたリリア・ヴァンルージュが音もなく地面に着地した。

「待ちくたびれたぞ。例の内通者なら、もうとっくに魔法術百式書き取りの罰を済ませたあとだ」
「そんな……!? どうして、お前たちがそいつを知って」
「くふふ。内通者の存在がバレてしまったのがそんなにも不思議か? 簡単なことじゃ。寮長達にはそれぞれの寮で少しずつ違う内容≠寮生に通達するように伝えておいた。寮さえ分かってしまえば、後はそこに所属するものを一から調べ上げればよいだけ。あやつらはたった一日でやってしもうたぞ」

 今もなお、森の入口を守護するセベクとシルバーの顔を思い浮かべて、リリアは挑発的な笑みを浮かべる。

 それは遡って三日前のこと。反魔法軍が内通者から通達されたその内容を一羽のカラスが聞いていた=Bたったそれだけのことだ。
 茨の谷の問題にやけに手を貸してくれる学園長のことをマレウスは不思議に思っていたが、『これは本来、私達の時代で解決すべき問題でしたからねぇ』と彼は遠くを見据えながら言っただけだった。その時、彼が何を考えていたのか。かつての自分の主に思いを馳せていたのか。今となっては、知る由もない。

 冷や汗が震える頬を通り抜ける。自分たちは嵌められたのだ。その事実に動揺した反魔法軍が、一様に銃を構える。リリアがふと眉をしかめた。

「気を付けろよ、マレウス。あれは我らの張った防衛魔法をすり抜ける」
「分かっている。防げないのならば、撃たせなければいいだけだ=v

 マレウスが歪に口角を吊り上げたと同時に、彼らの銃から茨の蔓が生えた。見る見るうちに侵食するそれに、「うわあぁ!」と叫び声を森に響かせながら反魔法軍が銃を撃つ。しかしその軌道は狙いを大きく外れ、何も無い暗闇へと消えていく。

「どうした? 僕はここだぞ」
「うわああぁぁ! た、助け……」

 カチン、カチンと何度も引き金を弾くも、銃口から中へ侵食した茨がその発砲を許さない。
 敵を前に叫びながら逃げる者。恐怖に銃を手から落とす者。それらを余すことなく捕えた茨が、反魔法軍の人間達を逆さ吊りにしていた。
 断末魔のような叫び声を聞きながら、マレウスはにやりと手を宙に伸ばした。彼の瞳と同じ色をした、低温の炎のような魔力が茨を伝う。

「この僕を永遠の眠りにつかせたいのならば、次は呪いを掛けた糸車でも持ってくるんだな」

 茨の谷の次期当主。闇の眷属たちを統べるその存在。彼はまるで悪魔のようだと人間達は思い知る。
 全ての武器が反魔法軍の手から地面に落ちた頃。一羽のカラスが、静かに学園内へと羽ばたいていった。


 ◆


「……それにしても、何にも覚えてないんだ。普通に寝てただけな気がするんだけど、起きたらグリムがすごい勢いで抱きついてきて。登校したらエースとかデュースまですごい心配してくるし、授業も何回か飛んじゃってるし、もうよく分からないまま一日が終わっちゃった」
「そうか。それは大変だったな」
「せっかく覚えた錬金術の試験も終わっちゃってて……せっかく一緒にやってくれたのに、ごめんね」

 あの森の騒動から一夜明けて、また新しい夜の帳が落ちた頃。

 学園長の魔法が解けて目を覚ました監督生と、素知らぬ顔をするマレウスは、いつものようにベンチに腰掛けていた。自分の周り起きた出来事が読み込めず「うーん」と頭を悩ませるその姿に、自然と笑みがこぼれ落ちる。
 彼女の声を聞く度に、温かいような、心地良いような、まだ名前の知らない感情が胸の中をじわりと満たしていた。されど彼がその名前を知るのは、まだ少し先のお話。

「そういえば、寝てる間にツノ太郎の夢を見たんだ」
「ほう」
「なんか薄暗いところで、人をぶわーって倒しちゃう夢。カッコよかったよ。そういえばツノ太郎ってドラゴンって聞いたけど、火とか吹けたりするの?」
「……ハハッ。人の子よ、本当にお前は面白いことを言う」

 めでたしめでたし、というにはまだ時期尚早だろうか。結局、彼は彼女にとっての王子様? それとも。

「ねえねえツノ太郎! この前聞かせてくれた、茨の谷の妖精の話、また教えてよ!」
「ほう。それでは今日は、茨の魔女に仕えた従者のカラスの話でもしてやろう」

 それでも一つだけ確かなことは、彼女を眠りから目覚めさせたのは、きっと御伽噺なら悪役(ヴィラン)と呼ばれるであろう、誰もが恐れる妖精族の末裔だったということ。

 笑い声が響く静かな夜。空に浮かぶ淡い月の光が、寄り添う二人の姿をいつまでも照らしていた。
 
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