マチネ
(ワンスアポンアタイム。いや、トゥワイスアポンアタイム(そう遠くはない昔)と言うべきだろうか。
一つ、かの有名なナイトレイブンカレッジで起きた誘拐事件≠フ話をしよう。舞台はとある日の朝、まだ何名かの生徒は眠たげな目を擦る、一つ目の授業開始前まで遡る)
三年生の選択授業の開始前は、他の学年にはない独特な雰囲気が漂っている。
マジカメをチェックするケイト。図書館から借りた異国のスイーツの冊子をめくるトレイ。手慣れた様子で爪を磨くヴィルに、その隣で愛をうたった詩を口ずさむルーク。始まる前から早く終われと身を縮めたイデアが物音にびくりと身体を震わせば、その視線の先で、授業開始一分前になってやっと入室したレオナ。腕を組んで前を見据えていたマレウスが、彼に視線を傾け眉をしかめる。その隣で上機嫌に頬杖をつくリリアは、まもなく始まるであろう『かつて茨の魔女率いる妖精族と人間が起こした戦争について』のテキストの文言を指先でなぞった。
この授業は課題が無い代わりに単位取得のテストが難しいことで有名で、それを好んで履修するのは、必然的に潜在能力の高い寮長クラスの生徒がメインとなっていた。
とはいえ、かの人の子に言わせればここは変わり者揃いのナイトレイブンカレッジ。
これだけの人数が集まっているというのに、暇を持て余して誰かと話すでもなく、それぞれが好きな時間を過ごしている。少し異様ともいえる光景が、されどこの学年の特徴を見事に表していた。これが一年や二年のクラスであれば、少しは穏やかな雑談の声がそよ風のように吹いていただろうか。変わり者を率いるのはそれを上回るほどの変わり者。そしてそれこそが、彼ら三年生であった。
始業のベルが鳴り、トレインが教台にテキストを置いたのを合図に皆が一様に前を向く。
「では、授業を始めよう」と教室が水を打ったように静かになったその時──誰かがこちらに向かって走ってくるような息遣いが聞こえて、先程の視線が散り散りにその方向まで向けられた。
「あら、アタシたちの他にまだ誰かこのクラス取ってたかしら」
「いいや、毒の君(ロア・ドゥ・ポワゾン)。このクラスは僕達以外は誰もいない。つまり彼は、招かれざる客……ということだろうね」
芝居がかったポムフィオーレ副寮長の言葉に、くだらねえとレオナは手の甲に頬杖をついて訝しげな視線を投げかける。そうして現れた招かれざる客──あるいは猫にも似た小動物は、「大変だっ!」と辺りを見回し、今にも泣きそうな顔で喚き散らした。
「オレ様の子分がどこにもいないんだゾ!」
その言葉に、それぞれが異なる反応を見せた。えーっ!? と大仰に驚くケイトに、怪しげに目を光らせるルーク。眉を顰めたレオナ。その中でいち早く落ち着きを取り戻したトレイが、目をうるうるとさせたグリムに問い掛ける。
「落ち着けグリム。よかったら、詳しく話してくれないか?」
「ふにゃ……アイツ、昨日の夜まではちゃんと寮にいたんだ。それで起きたら、いなくなってて。全部の教室見て回ったけど、どこにも見つからないんだゾ……」
オンボロ寮の監督生である彼女が、突然その姿を消した。その事実からじわりとにじみ寄る嫌な予感が、彼らの胸をさわさわと撫で付ける。
「監督生氏……まさか元の世界に帰ったとか、ないよね?」
「そんなこと、許すわけないじゃない。何も言わずに去るなんて、小ジャガのくせに生意気だわ」
「ヒッ! だよね陰キャが出しゃばってすみません」
彼女が帰ってしまうわけがない。誰もがその言葉を、自分自身に言い聞かせるようにして気持ちを落ち着かせる。
少なくとも、誰が見てもここ最近の監督生に異変はなかった。色彩豊かな表情をもつ彼女は言葉外からその考えを汲み取りやすく、悩んでいたらすぐに分かってしまうような質だ。そして彼女の性格を鑑みるに、何も告げずにひっそり帰るとは考えづらい。
彼女はこの世界にいる。その考えを大前提とするならば、浮かび上がる予想が一つ。
「まさか……誰かが監督生ちゃんを誘拐した、とか?」
窓から入り込んだ風が、ふわりと沈黙の間を吹き抜ける。それが肯定を示しているようで、携帯を手にしたままのケイトの手のひらが汗でしっとりとしていた。
「おいグリム。アイツがいなくなるまでの直前の行動を教えろ」
「えっと……昨日はオレ様が先に寝たから分かんねぇけど……その時は、寮の前のでっかい椅子のところでアイツと話してたんだゾ」
グリムが指をさしたその先。これまで沈黙を貫いていた彼が、瞬きの後ゆっくりと瞼を持ち上げる。翡翠の瞳がその光の鋭さを増した。ディアソムニア寮長──マレウス・ドラコニア。
「僕ではない」
集められた疑惑の目を一拭するように、マレウスは淡々と告げた。そうして何か言いたげなサバナクロー寮長の視線が言葉を放つ前に、彼は静かに語り始める。
「お前たちは知らなかったかもしれないが、僕が人の子と話すのは珍しいことではない。昨晩も三十分程話して、僕は先に寮に戻った。その後のことは知らないな」
「確かに、ツノ太郎はよくオレ様たちのところに来てあいつと話してるんだゾ」
されどマレウスが監督生に会った最後の人物というのは変わらず、その当時グリムは寝ていたことから彼の言葉の証明は取れずにいる。
レオナが訝しげに口を開こうとした瞬間。突然、淡い黄緑の光と共にマレウスはふわりとその姿を消した。瞬間移動の高次元魔法。逃げられた、とレオナが舌打ちをする。
「まぁまぁ、あやつを責めんでやってくれ。あれでもひどく監督生のことを心配しておるのだろう」
唇に笑みを携えたまま、幼子をあやすような声でリリアが肩を竦める。そうして立ち上がった彼は、その小さな身体には似つかわしく無い威厳を携えて、場の主導権を握るかのごとく周囲を見渡し片腕を組んだ。
「寮長や。この件について緊急の会議をするぞ。マレウスの代理はわしが務めよう。各々、自分の寮に監督生がいないかを確認すること。副寮長は寮長に仔細を伝えておいておくれ。ここにおらぬオクタヴィネルとスカラビアの奴らにはわしから伝えておこう」
よいかの? と再度周囲を見回したリリアは、にやりと笑みを深めて満足したように席に着いた。「もう一度、寮を見てくるんだゾ!」と慌ただしく出て行ったグリムを眺めて、誰もが息をつく。
「それではダイヤモンド。六十ページの二行目から音読すること」
「嘘でしょトレイン先生、今の流れで授業再開しちゃう〜!? トホホ……えーっと、『かの茨の魔女と、魔力を持たぬ人間が治めるアルステッド国の対立。この国の当時の王妃を筆頭とする人間の一部は妖精族を憎んでおり、領地を争い戦争へと発展──』」
(妖精族の弱点ともされる銀の弾丸を用いて茨の魔女に挑むも、その強大な力に敗北を喫した。その後、茨の谷の王女とアルステッド国の王子の婚姻により両国の国交は一転して友好なものとなる。以降、反魔法軍(プロテスタント)と呼ばれる残党が何度か戦いを挑むも、魔女とその血を受け継ぐものに制圧され、現在では再び友好な関係が築かれている──)
◆
マレウスが辿り着いたのは、昨晩、名前と最後に会話をした場所であるオンボロ寮前の小道だった。
寮までの長い階段のそのふもと、高く伸びたランプの隣に二人掛けの古いベンチがある。そこが夜に監督生と話す際のお決まりの場所だった。よく言えばアンティーク、あけすけに言えばオンボロな木の色合いを持つそのベンチは、そこに掛けていた二人分の熱をすっかり冷ましていたが。
彼女が消えたとされる昨日の夜。それは、少なくとも彼にとってはいつも通りの夜だった。
『マーレイ樹のしずくにリンシュソウの蜜。アルビオン液剤と、えーっと……それから』
『それにアイリスの露を加えれば艶出液、セキレイの嘴を加えれば研磨剤になるな』
『それだ! あーどうしよう。全然思い出せなかったよ。ツノ太郎は錬金術、好き?』
『どちらかと言えば好まないな。人間の考える術は面白いが、多くは魔法で対応できる。下街ですら流通しているような薬をわざわざ一から作るなど、時間の無駄だと思うが』
『そっか。確かにツノ太郎だったらこんなのも魔法でぱって出来ちゃうもんね。でもわたしは結構好きだな、錬金術。魔法使ってるみたいで楽しいからさ』
『そうか。それなら次のテストではお前のいい点数が見れそうだ』
『うう。それとこれとは別ってことで……』
話した内容といえば、とりとめもない彼女の学園生活に、週末の錬金術の試験の話。あとは妖精族に興味を持った彼女に、茨の谷に住む小さな妖精の話をいくつか語り聞かせただけだ。
別れる間際も『おやすみツノ太郎。また明日!』と無邪気に手を振っていた彼女のことを思い出す。その様子から鑑みるに、少なくとも自ら望んで元の世界に帰ったとはどうも考えづらい。
昨晩、彼女が腰掛けていた記憶をなぞるようにベンチに手を伸ばす。マレウスの長い睫毛が、そっと伏せられる。
それは初めての感情だった。魔法の使えない、まるで赤子のように幼い人の子。それがたった一人いなくなっただけで、こんなにも心が揺さぶられるとは。
マレウス・ドラコニアという誰もが恐れる自分の名を知ってもなお変わらず接してくれる監督生の隣は居心地がよく、彼女と過ごす時間は日に日に長くなっていた。それは、彼にとっての監督生が他には変えがたい特別な存在≠ノなってきていることの証明であり、彼が愛し子を探す理由でもあった。
つまるところ、彼女を拐かした何者かは闇の眷属を従える妖精族の次期王の怒りを買ってしまった=Bそれがどれだけ恐ろしいことなのか、この国で知らぬ者はいないだろう。
目を閉じて、地面にかざした手のひらに魔力を込めた──その瞬間、手のひらから流れた黄緑色の靄のような何かが、まるで影のように地面を這う。
高位魔法の一つである、魔力探知。契約でも結ばない限りは魔力を持たぬ監督生のような人の子の気配を探知することはできないが、少しでも魔力を持つものならこの場所にいた事実を把握することが出来る。つまりこの場所で監督生が学園内、もしくは外部から訪れた魔法士≠ノ拐われたとするならば、その者の魔力の残り香を掴むことが出来る魔法だ。
されど掴んだのはグリムや学園長、彼女が親しいエース・トラッポラなどマレウス自身もよく知る魔力のみで、彼は静かにその手を下ろす。心の中を、乾いた風が吹き抜けた。暗がりで光るペリドットのような瞳が細く眇められる。まもなく昼へと移ろおうとする陽の光が、高い場所から彼の影を作っていた。
「マレウスや」
振り向かなくとも、その声が誰なのかは自ずと分かった。マレウスのものよりもずっと小さな影が、少し後ろから彼の足元に映る。不思議なことに、彼はここにくるだろうと、そんな予感すらしていた。
「我らの寮内には監督生の姿はなかったぞ。さて、次はどこを探そうかの」
「……ふふ。ははは。どこを、か。白々しいことだ」
振り向いたマレウスの、翡翠の瞳が底光りする。
「人の子を何処へやった? リリア」
彼の内から溢れんばかりの魔力が、陽炎のように身体に纏われる。されどその視線を受けてもなお、リリアは微笑む余裕を残したまま、その鋭い八重歯を覗かせた。
「なんじゃ、もう気付いてしもうたか。つまらんの」
「この場所からお前の魔力を見つけた。まだ新しいものだ。昨夜、名前と最後に話をしたのはリリア、お前だろう」
「ほう、お見事じゃ」
完敗だとでもいうように、リリアは両手を持ち上げて首を振る。白々しい、とマレウスは口の中を柔く噛んだ。今はこんな冗談に付き合っている余裕はない。一刻も早く監督生を返してもらわなければ。
焦りや苛立ちにも似た何かが、マレウスの眉間に皺を作る。そんな彼の心情を知ってか、リリアはその感情を逆撫でるようにして唇をつり上げた。試すような表情とその笑みが深くなって、宵闇のような声が、身体にまとわりつく。
「して、マレウス。その中に、ディア・クロウリーの魔力は見つからんかったか?」
驚きに目を見開いた。同時に、先ほどの探知の中に混ざっていた学園長の魔力の気配を思い出す。
なぜリリアは人の子を拐ったのか。どうしてここで学園長が出てくるのか。その繋がりが紐解けずにいた。彼が口を噤むと同時に、悪戯はここまで、と言わんばかりにリリアはふっとその表情を柔めた。
「案ずるな。監督生は無事よ。今はちと学園長の元で眠ってもらっておるだけじゃ。その方が安全だからの」
「……安全? まるで誰かが人の子に危害を加えるかのような口ぶりだな」
「そういうことじゃ。一つの可能性にしか過ぎんが、危険に芽は摘んでおくに越したことはない。だからあの人の子を隠す必要があったのじゃ。やつら≠フ本当の狙いは監督生ではないが、手段としてそうなる可能性があったからの」
のらりくらりと核心を避けたような言い方に、マレウスは舌を噛む。回りくどいことは好かない。それをよく知っているリリアは、真っ直ぐにマレウスを見つめて、言った。
「やつらの本当の狙いはお前じゃ。マレウス」
◆
昼下がり、学園長室にて。
学園長を中心にして、リリアとマレウスが向かい合ってソファに腰掛ける。揃ってこの部屋にいるのは、マレウスが一目でも早く監督生の無事を確認したいと願ったからだ。先程、資料の提出か何かでここを訪れた生徒は、彼らの姿を見て一目散に去っていったが。
彼女は確かにクロウリーの棺桶の中ですやすやと寝息を立てていた。安心からか、氷が溶けるようにして張り詰めていたものが緩んでいく。寝床のセンスがないとマレウスは眉間に皺を寄せたが、「ここが一番安全でして」とクロウリーは身にまとった鍵をじゃらりと手に見せた。
「反魔法軍(プロテスタント)と呼ばれる組織のことはお前もよく知っておるな」
差し出された白磁のカップを手に取り、視線だけで肯定する。茨の魔女の時代から妖精族に因縁を持つ、魔力のない人間たちの総称。かつては大規模な戦争もあったというが、今では極少数派となりそのなりを潜めている。
「どうも近頃、やつらの活動が盛んになっているようじゃ。学園の内部に内通者がいたのだろう。お主がこの学園に通っておること、そして人の子と仲がよいことを知り、学園内に侵入し、監督生を盾にお主を誘き寄せようとした。昨晩はわしらが見張っておったので事なきを得たがの」
反魔法軍は魔力を持たない者で組織されている。先程の魔力探知で掴めなかったのはそのためだろう。
従者であるリリアはともかく、学園長までが自分たちを見張っていたとは意外だった。一体どこから、と訝しげに腕を組むと、にんまりと笑ったリリアがカラスの鳴き真似をした=B
「反魔法軍は、今この時も我らに何かを仕掛けようとしておる。そこで我らは監督生を秘密裏に保護し、誘拐に見せかけてあえて騒動を大きく周知させることで、内通者に揺さぶりをかけることにした。それがどの寮の者かは知らぬが、会議を終えた寮長たちが各寮生に通達してくれている頃じゃろう」
「昨日の侵入者は捕まえなかったのか?」
「すぐに釈放して、学園からお帰り頂きましたよ。私、優しいので」
「……どうして、という顔をしておるが、こればっかりは仕方ないのじゃ。平和を手にしてから、我らは先代の王女より『魔力の持たぬ者に手を出してはならぬ』ときつく仰せつかっておるからのう。だからこそ、このような組織が無くならんというのもあるが」
「ええ。何より王女を愛した茨の魔女(あのお方)から怒られるのは私ももう懲り懲りですからねぇ。あァ恐ろしい恐ろしい」
「Into a dog(犬になれ)……とな。くふふ」
それは、今では御伽噺のひとつとして語り継がれている話だ。
茨の谷の魔女は、自らの魔法で眠りにおちた人間の姫を深く愛していた。その後魔女の愛で目を覚ました人間の姫はかの国の王子と婚姻を結び、以降は死ぬまで魔女の傍で王女として国を治めていたと。
慈しむような回顧。それはリリアが前線で戦っていた時代だろうか。マレウスが生まれるよりもずっと長く生きているリリアの昔の話は、いつも上手くはぐらかされるため詳しく聞いたことは無い。それに、クロウリーが関わっているというのも初耳だ。かつて彼が茨の魔女の臣下であったような、そんな口振りも。
「やつらはまた近いうちにここへ来るじゃろう。これだけ尻尾を見せて、また逃げ出すとも思えんからの。そしてその狙いは、妖精族の血を断ち人の世を作ること。つまり、その末裔たるお前の暗殺じゃわな。お前が死ねば、世継ぎはおらんくなってしまうからの」
あっけらかんと言われて、マレウスは腕を組んだままソファの背に体を預ける。
もちろん自分一人でなら、彼らがたとえ束になろうと、あるいは魔法を使おうとて負ける気はしない。しかしその最中に監督生が命を狙われているとあれば、状況は変わったかもしれない。
茨の国の調和を保つため、魔力を持つ強い者として、弱き者を虐げてはならない。マレウス自身も先代からよく聞かされた話だった。それが、自分を殺そうとする相手にまで慈悲を掛けろというのだから笑わせる。
「次にその反魔法軍が来た時は、僕自らお相手しよう」
いびつに口角を持ち上げて、マレウスは不敵に笑う。ちょうどいい。長きに渡って続くこの戦いも、今ここで終わらせてしまえば良いのだ。自ら、この手で。
膝を土台に頬杖をついたリリアがけらけらと笑う。きっと彼にとっては、その言葉も想定内だったのだろう。
「先代は茨の谷の安寧を願っている。ならば、不安要素は排斥すればいい」
「さすが、我らが王の心強いこと。銀の弾丸には気をつけるんじゃぞ。あれは当たるとなかなか痛い」
「ほう。お前にも弱点があったんだな、リリア」
からかうような口振りで、マレウスは口元に指を添える。
妖精族は銀に触れることができない。触れたところから、赤く焼けただれてしまうのだ。それこそがマレウス、リリア、そしてクロウリーが常に手袋を着用している理由でもある。
話はまとまったと言わんばかりに立ち上がり、マレウスは棺桶の中で静かに目を閉じる監督生を見下ろす。
彼女はまるで糸車の針を刺してしまったかのように、眠ったまま動かない。マレウスですら聞いたことの無い魔法だ。恐らくは学園長の魔法だろうか。
やはり彼は底が知れない。しかし今は、自分たちの、そして何よりも異なる世界で生きる彼女の味方である。それだけで十分だった。
手を伸ばし、白く美しい頬をそっと撫でる。慈愛に満ちた手のひらだった。その手は愛を、その温もりを知ったのだろうか。
その奥で、茨の魔力を持つものは人≠ノ惹かれる運命なのだろうかと、クロウリーは仮面の内で静かに笑った。