パンケーキの斜塔 2

 もうダメだ、勿体無いことをした。そう思って思わず眼を瞑ったとき、じゃらりと何かの金属音が聞えた。

「ソラ、ナイスキャッチ〜!流石だね」

 再び聞えた声に恐る恐る眼を開く。

「きゃっ」

 鎖だった。美夜を囲むようにして、鎖が目の細かい網のようにして張り巡らされている。膝の高さくらいで編まれたそれはクモの巣のような構造をしており、見るとその上にはパンケーキが見事に引っ掛かっていた。
 美夜はパンケーキが床に落ちなかったことに安堵した。そして危機を救ってくれた誰かがいるであろう、前方に目を向ける。

「どうもありが…キャーー!!オナカーーーッ!!!」

 そう叫んでおまけにもう二枚パンケーキを落とした美夜の言葉を、初め二人は――その前方にいた突然の訪問者たちは――どういう意味なのか解らずにいた。
 顔を赤くして固まっている美夜の視線を二人が辿ると、片方のマスクを付けた男の引き締まった腹に行き着いた。季節は春だというのに、男の腹は剥き出しだった。

「あははっ!なになに?キミお腹フェチなの?ソラを見て『オナカー!』って叫んだ子はキミが初めてだよ!」

 片方のサングラスを掛けた薄い黄色の髪の男が腹を抱えて笑うなか、ソラと呼ばれた男は目だけ動かして少し戸惑った様子を見せる。デリカシーの無い言葉に美夜はばつが悪そうに視線を逸らすと、せかせかとパンケーキを回収し始めた。
 顔から火が出るとはまさにこのことだと思った。美夜は別にお腹フェチでも何でもなかったが、見ず知らずの男の腹を凝視してしまったことは事実だった。

『だってしょうがないでしょ!男の人のお腹なんか普段見ないもん!しかもこんな田舎で、マスク付けてあんな鎖の付いたアミアミのヒラヒラのハードな服なんか着ちゃって!不審者も逃げ出すわよッ』

 美夜はソラが身に付けている服の名称も分からずに悪態を付く。そして不満そうな顔をしながら重たい大皿を左手に、鎖に引っ掛かっているパンケーキを拾っては乗せていった。
 安定しない左手がパンケーキを拾う度にグラつき、とても危なっかしい。

「ソラ、手伝ってあげなよ〜。女の子一人じゃ重たいでしょ」

 明らかに半分面白がって言う男にソラは従う。ソラは無言で美夜の元に寄ると、右手で勢いよく鎖を引っ張ってパンケーキを浮かし、それらを左の掌に回収した。美夜の周りを囲うようにして張り巡らされた鎖も、それと同時に右手で一気に回収したようだ。
 奇術にも似たあまりの早業に呆気に取られて固まっている美夜から、ソラは終始無言のまま皿を受け取り、掌の上のパンケーキを載せるとそのままテーブルの上まで運んでいった。

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