彫金師にペンダントを作らせてやった。 10 「……本当なのか?」 ウィルはヌモを見た。ヌモはどこか開き直ったふうに、目を上方へそらす。 「我輩に、病気の妹などいない」 ウィルは震えた。酷い裏切りだと思った。ヌモを心底軽蔑した。そう信じ込んでいた浅はかな自分を呪った。無理な作業を徹夜までして頑張って、まるで馬鹿みたいじゃないか! 「……そんな怖い顔しないでよ。全部が全部、嘘だったわけじゃない」 ヌモが横目でウィルを見た。 「病気の妹はいない。しかし、元気な妹はいる。ついた嘘はほんのそれぽっちだけ。……本当に、このペンダントは妹にやるつもりだった。もうすぐ誕生日だから」 ウィルはいつの間にか作ってしまっていた握りこぶしをゆっくりと開いた。 ランスが口を開く。 「僕に話したことは? 旅の話や、一人前になるまで妹に会えないっていうのは、本当?」 「当たり前だ、利益のない嘘などついてどうする」 「全てを正直に話せ」 マクタバが言った。 「まだウィルス殿に言わなければならないことがあるはずだ」 鋭い視線で命令されて、ヌモは「分かりましたよぉ」と観念したように苦い顔をする。 「ウィルにぶつかったのはわざとだよ。依頼を優先してもらわないと、おっしょさんが戻ってくるまでに間に合わないから、初めから難癖付けるつもりだった。でも石が割れてしまったのは大誤算だった。あれは酷い事故だ、大事故」 「……お前なぁ」 ウィルは額を押さえると、次の瞬間にはずいと顔を近付けヌモの額を指しながら怒鳴った。 「初めから正直にそう言えば良かっただろう! 急いでいるんだと!」 「言えるわけないじゃんか! ウィルがどんな人間か知らねぇんだもん、チクられたら困るじゃんかよー! だいたいウィルだって半分嘘ついたじゃないか! 何が『急ぎの依頼を引き受ける余裕はない』だよ、壁の注文書見れば余裕ないこともなかったじゃないか! おあいこだよ、お、あ、い、イデェーッ!!!」 マクタバに脳天チョップを食らってヌモがのた打ち回る。 「何がおあいこだ。ふざけるのは格好だけにしておけ、この馬鹿者」 マクタバがヌモを足蹴にした。ぐりぐりと頭を踏みつけている。 「誠意をもって今すぐ謝罪しろ、さもなくば全身の骨を砕いてやる」 「ウィルス様どうもすみませんでした」 ヌモがびしっと土下座した。 「ウィルス殿、本当に申し訳なかった」 マクタバもヌモから足をどけると、ウィルに頭を下げた。 ウィルはマクタバのつむじを見て僅かに同情する。師匠など弟子の失敗の責任を取るためにいるようなものだ。こんなどうしようもない弟子のために頭を下げる師匠の気持ちなど、想像するだけで見ているこちらが居た堪れなくなる。 ウィルは土下座したままのヌモに視線を移すと、口元に弧をえがいた。 「……気にしないでくれ。俺にも全く非がなかったわけじゃない」 ヌモがぱっと顔を上げた。 「なんて言うとでも思ったか? ヌモ、お前のせいで俺だけでなく、工房の皆、特にランス、挙句の果てにマークの奥さんまでもが迷惑を被ってるんだぞ。俺はお前を簡単には許さん」 「別にウィルなんかに許してもらわなくても結構ですー」 ヌモが半開きの目に唇を突き出して歯を見せた。サルが威嚇するような顔つきに、ウィルは澄まし顔で言う。 「償いはしてもらう。そしてその内容は」 ウィルはマクタバを見た。 「お前の師匠に任せることにする」 「え」 ヌモが威嚇顔を真顔に切り替えた。マクタバが珍しく口角を上げたのを目撃して、冷や汗が滝のように流れ落ちる。 「いやいやいやウィルスさん御冗談を」 「……ふっ、ウィルス殿がそう仰るならば、是非そうさせて頂こう」 「ああ、弟子の処分は師匠が決めるものだからな」 「ちょっ無視? 無視?」 「ヌモ」 マクタバがゆったりと呼び掛けた。 「お前には奉仕活動の旅を命じる」 「奉仕活動の旅?」 ヌモは顔をこわばらせてマクタバの言葉を聞いた。 「人助けをしながら私が指定する場所まで来い。期限は一ヶ月以内だ」 「……えっとぉ……何人くらい」 「百人」 「……しかも一ヶ月とか微妙に長いのが怖いんですけど」 「指定場所はここから二万キロ以上離れたところにある」 「無理無理無理無理二万キロとか無理でしょ一ヶ月以内どころかたどり着く頃には我輩じじいになってますよじじいどころか野垂れ死んで骨になってますよ」 「ならばそれまでの器だったということだ」 「冗談ですよね? 真顔で冗談言ってます? 我輩に死ねって言ってます? 常識的に考えて無理ですよ? 無理に決まってますよ?」 「無理じゃない、やれ」 マクタバの目が光る。こうなってしまってはもう手の打ちようがないことを、ヌモはよく知っている。 ヌモは土気色になった顔をウィルに向けた。 「……たすけさせてください」 ウィルが吹き出したのを合図に、工房にどっと笑い声が響いた。 結局ヌモはマクタバの監視のもと丸二日ほど掛けて、ウィルと弟子たち一人ひとり、そしてマークの妻に奉仕活動をしてから、はるか遠くの場所まで旅立って行った。 [ ← ] | [ → ] ≪ ページ一覧 |