彫金師にペンダントを作らせてやった。 9

「……にしても、一日でこれだけのものをよく作れたな。どう見ても腕は二本しか付いていないが」
「これは俺一人で作ったんじゃない、工房の皆で作った」
「どういうことだ」
「それぞれに小さなパーツを作ってもらって、それを組み合わせた」
「なるほど。……しかしそうして作った部分は、透き抜けと横の部分だけだろ?」

 ヌモはペンダントを見る。

「やはり君は一流だ、イカレてる」
「お褒め頂き光栄だ」

 ウィルは歯を見せて笑った。窓から差し込む朝日のように清々しい気分だった。
 出勤し始めた弟子たちも、ヌモの胸元にあるペンダントを見て歓声を上げていた。ヌモはペンダントを見せびらかしながら、応接室を出て工房の出口へと足を向けた。

「さて、我輩はもう行かねばならない」

 ヌモが黒い外套をまといながらウィルに振り返った。そして懐にあった金を全て渡した。

「足りなければ、後で請求書を送っておいてくれ」
「……なあ、ヌモ。一つ訊いていいか?」
「何だ? 多少の水増しは許してやるぞ」
「病気の妹の頼みというのは、本当なのか?」

 ガチャッという音と共にドアが開かれた。黒い外套をバサリとなびかせて女がずんずんと歩み寄ってくる。ヌモの顔が驚愕に歪みきる前に、彼女はバチンと指を弾いた。

「イデェッ!!」

 ヌモは額を押さえて涙を浮かべた。デコピンの痛みに耐え切れずにその場で足踏みまでしてしまっている。

「この馬鹿弟子が」

 地鳴りのような声を響かせたのは長い白髪の女だった。ヌモはその場に居すくまり顔面蒼白で震えている。

「おおおおおおおっしょさんんん」
「説明しろ、これはどういうことだ」
「あのう……えっと、昨日ですね、おっしょさんに言われてこの素晴らしい国の社会見学してたんですけどー」
「簡潔に要点のみ説明しろ」
「おっしょさんの言いつけを破りました」
「具体的に説明しろ」
「修行を放棄してウィルスさんに彫金してもらいました」

 女がヌモの横っ面を張り飛ばした。ヌモは踊るように一回転半してから床に伏した。ぴくりとも動かない。

「おい、大丈夫か!」

 ウィルは台詞にデジャヴを感じながらヌモを起こした。ヌモは気を失って無駄口も叩けない状態だ。
「あの……」ランスが恐々と女に話し掛けた。

「もしかしてマクタバさんですか? ヌモの師匠の」
「ああ」

 マクタバは厳しい表情のまま答えた。ランスは口を開けたまま声も出さずに二、三度ゆっくり頷き、ウィルを振り見た。

「ウィルの親方、この方がヌモのお師匠さまです」
「いや、それは今聞いた」

 何故か怖がっているランスにウィルはどう反応して良いのか分からず、ぼんやりとした顔で言った。意識を取り戻したヌモが「ひいい」と情けない声を上げてウィルの手から離れ、マクタバに土下座した。マクタバは腕を組んでヌモの前に立った。

「やはりお前を一人都に残したのは間違いだった。全く以て、私の落ち度だ。もう二度とお前を一人にはさせん」
「……あのー、それ超男前のカッコいい台詞に聞こえるんですけどー、つまりは」
「今後一切お前に自由時間など与えない」

 マクタバはヌモの首根っこをひっ捕まえて立たせた。外套から出された腕は筋が入って血管が浮いている。マクタバはヌモを見下す。

「そのペンタントは私が預かっておく」
「待ってくれ」

 ウィルが言った。

「事情はよく分からないが……そのペンダントの依頼主はヌモだ、貴女じゃない」
「ヌモに病気の妹などいない」

 マクタバの言葉に「え?」とウィルは眉根を寄せた。

「ヌモは嘘をついている、貴方を騙したんだ」

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