彫金師にペンダントを作らせてやった。 8

***


「起きろ、ヌモ」

 体を揺すられてヌモは目を開けた。窓から差し込む朝日の眩しさに顔をしかめながら、テーブルに突っ伏していた体を起こす。頬に貼り付いていたトランプが剥がれ落ちた。向かいでランスが同じ格好で寝ていて、見上げるとウィルが疲れをにじませた顔でこちらを見ていた。

「できたぞ」

 シャラ、と細い銀の鎖がこぼれる音が聞こえた。ウィルの汚れた大きな手からペンダントが降りてくる。それは朝日を反射して光が流れたようだった。
 物音一つない静寂の工房。神聖な情景を眼前にしてヌモは、片手でそれを受け取ることができなかった。差し出した両手の上に落とされたペンダントの角度を変えて目に刺さる朝日の反射をずらせば、ヌモの寝惚け眼がゆっくりと見開かれていく。

 本当に素晴らしいものに出会った時、言葉は無力になる。

 ペンダントのシルエットは厚みのある、まろい菱形だった。オパールは四隅と中心に置かれている。どれも形も大きさも異なるというのに、不自然さを感じさせない。
 オパールの色味が映える銀色のペンダント台に施されているのは繊細なアラベスク模様で、複雑な区切りでアシンメトリーになっていた。上下左右、あらゆる方向にペンダントを傾ける度にヌモは、この作品の奥ゆかしさに囚われていった。
 一体どれがこのペンダントの本当の顔なのかが分からないのである。ペンダントを見る向きを変えるとオパールの遊色効果が移ると共に、金細工の模様までもが変化して見えた。そこで複雑な区切りのアシンメトリーが、このために計算されたものであることを知った。
 ある角度からは川底から見上げた水面のように見え、またある角度からは新緑の森の木漏れ日のように見えた。どこから見ても美しく、その美しさは一つひとつ異なる趣があった。
 ペンダントの真横にも細かい模様が彫られている。その模様をよく見ようとしてヌモは、ペンダントの裏に仕掛けられた秘密を発見した。

「……すげぇ……」

 銀色の台を返してヌモは声を上げた。表よりもより複雑に彫られた模様の中心に、一際大きなオパールが据えられていた。
 そう、中心を透き抜けにしていたのだ。
 しかも裏からみた透き抜けの部分の金属の色が違う。そこだけ金色だった。金と銀、金属同士を繋げる加工を施している。なぜそこだけ金色にしたのか、ヌモはすぐ気付いた。

「赤と橙の遊色効果が強く見られる破片を中心にしたんだな。金色によく合っている」
「ああ……お前の目だ」
「ふふん」

 分かっておるわ。と、ヌモはニヤニヤと目元と口元を歪めた。それが興奮と喜びをウィルに知られたくなくて、でも噛み殺し切れなかった笑みだと分かって、ウィルまでニヤニヤ笑いがうつりそうだった。
 作品に込めた細かな細工を、意図を、拾い上げて理解してもらえる。作り手にとって、これほどに幸せなことがあるだろうか。
 ウィルは酷使してまともに開いていられない目を、懸命に開いていた。
 一秒たりともこの瞬間を見逃したくなかった。自分がプライドと腕と命をかけて作ったものを見た依頼者が、それに魅入られていく様を目に焼き付けておきたかった。

「……この国を出るまでは、我輩の首に掛けておくことにするよ」

 ヌモはペンダントを首に掛けるとウィルに手を差し出した。

「感謝する。素晴らしいものを本当にありがとう」
「……ああ」

 ウィルはその小さな手をがっしりと握った。
 起きたランスが握手する二人を見てぎょっとしている。そして完成したペンダントを見、「すげぇ」とヌモと同じ台詞をついた。

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